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星色Tickets(ACT1)_SCENE9

//背景:職員室_夕方

アリス「これでよしっと。明日から演劇サークルは公認の部に昇格です」
恭司「ありがとうございますアリス先生」
アリス「どういたしまして。むしろ、これくらいしかできなくてごめんね?」
恭司「いやいや、顧問に加えて全国高等学校演劇大会のエントリーまでしてもらって。不満なんて少しもありません」
恭司「いつも俺を支えてくれてほんとうにありがとうございます」
アリス「ふふ、恭司くんは律儀だなぁ」

いつもは生徒の模範であろうと厳めしく構える教師たちも、放課後になればペルソナを外し、教師ではなく一個人として雑談に興じる。

休日の部活の遠征がデートと重なって憂鬱だとか、そろそろ前期末のテストの準備をしなくちゃいけなくて憂鬱だとか、帰りの満員電車が憂鬱だとか……

耳に届くのがメランコリックな話題ばかりで俺まで気分が沈んできそうだよ。

そんな環境に晒されながらも俺が穏やかな気持ちでいられるのは、目の前の教師がポジティブの塊だから。

アリス「今日までよくがんばったね」

そう言って柔和に微笑む教師は、異色の風貌も相俟ってより美しく見える。

――千代崎ちよざきアリス。

日本人の父親とフランス人の母親をもつハーフで、アッシュの髪とブラウンの瞳が如何にも欧米風って感じだけど、生まれは日本で、育ちも日本の、純正日本人だ。

しかし自宅ではフランスの文化が浸透しているようで、服は鍋で染色するそうだ。

服を、鍋で、染色。

うん、何度聞いても驚きだよこの文化。世界って広い。

恭司「労うにはまだ早いですよ。俺の物語はここがスタート地点なんで」
アリス「でも、ここがひとつの山場であったことには変わりないでしょ?」
恭司「まぁそうですけど……」

そう思いながらも俺ならできると信じて準備を進めてくれていたのだから、アリス先生はお人好しがすぎる。

仮に俺が演劇サークル設立を諦めていたら、アリス先生は全国高等学校演劇大会の運営に頭を下げることに……とはならないって思えるくらいに、アリス先生は俺に期待し信用してくれているんだろう。

演劇以外、色々と難ありの俺を、アリス先生が陰ながらサポートしてくれてるってことは、なんとなく知ってる。

ほんと、アリス先生には感謝しかない。

アリス「なら、今日は自分を褒めなきゃだよ。よくがんばったねって。ストイックなのもいいけど、恭司くんが壊れたら元も子もないよ?」

そう言うアリス先生の瞳は、俺を慮る優しさに揺らいでいて。

恭司「わかりました。今日は帰りに高いスイーツでも買って自分を労います」
アリス「うん、そうしよそうしよ」

この先生は本気で俺のことを想ってくれてるんだなって。本気で応援してくれてるんだなって。

そう実感すると、胸がぽかぽか温かくなり、やる気が滾々と湧き出てくる。

アリス「でも恭司くん。今のままじゃ来年の進学が危ういから、もう少しだけ勉強に力入れよっか」
恭司「先生が個別指導してくれるなら喜んで勉学に精進しますよ」
アリス「なら今週の金曜日、選択教室4にきてね」

と、あたかもさりげなく告白したら自然な流れでOKされたような雰囲気が漂い、そんな中、アリス先生が手渡してきたのは一枚の紙。

アリス「春休み明けの課題テスト、赤点は恭司くんだけだったから個別指導だよ」
恭司「まさかのオンリーワン……」

ちなみにアリス先生の担当教科は現代文だ。

戯曲や悲劇に理解のある俺が、何故現代文で躓くのか。

評論がつまらないから未来に思いを馳せてましたなんて、口が裂けても言えないよな。

アリス「シェイクスピアの四大悲劇とかレ・ミゼラブルとかオペラ座の怪人とかに比べたら、評論なんて全然ワクワクしないって気持ちもわかるけどね、どの大学のテストでも評論は絶対に出題されるよ」
アリス「だから選り好みしないでがんばろ。恭司くんはやればできる子なんだから」
恭司「すいませんでした」

しかし俺が主張せずとも、一年以上採点してれば俺のやる気が枯渇していることは明け透けのようで。

……評論か。嫌なんだよなぁ。はじめから解法が存在してる問いかけに答えるのって。

けどまぁ、アリス先生の悲しむ顔は見たくないから次からがんばるとしよう。

アリス「ちなみに、次の中間テストは赤点取ったら夏休み補習確定だよ。だから――」
恭司「俺、明日からがんばります! 好き嫌いせず勉強がんばります!」

次からがんばるって言うやつは大抵がんばらないっていうけど、俺の宣言は本物だ。

何しろ補習のせいで夢が潰えました、なんて結末はさすがに回避したいからな。

………。

……。


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