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星色Tickets(ACT1)_SCENE3

//背景:住宅街_夜

オレンジ色の空は藍色に染まり、かと思えば黒色に染まり、気づけば時刻は二十時。

恭司「……やっぱりそうなるよな」

あれから校舎を駆け巡って生徒をスカウトしたけど全滅で。

バイトが終わる頃にはすももから吉報が届くだろうと期待していたけれど、現実は『ダメでした……』の凶報がスマホの画面に躍っていて。

恭司「……まぁなんとかなるよな」

けど俺は、決して悲観的にはならない。だって、落ち込んだところで状況が好転するわけじゃないから。

悲嘆に暮れていいのは、万策尽きて夢に破れたときだけだ。

??「――誰にあてて書いたのかな?」

と、俺が勇を鼓して夜空を見上げると同時に、思い出深い台詞が脳内で再生された。

??「――いったい誰がこんなことを? どうして石の下に手紙が? ……不気味でこわいけれど、ダメよコゼット。しっかり確認しなきゃ」

――レ・ミゼラブル。

ヴィクトル・ユゴーが執筆したこの作品はフランス文学を代表するものであり、今もなお世界四大演劇のひとつとして国内外で上映され、多くの人々に感動を与え続けている。

??「――いったい誰がこれを送ってきたの? 誰がこんな文章を送ってきたの?」

コゼットは、レ・ミゼラブルに登場する主要キャラのひとり。

幼少期から不幸に見舞われつづける彼女だが、ジャン・ヴァルジャンに保護されたことで、彼女の人生は大きく好転しはじめる。

??「――決まってるわ。彼よ! 彼以外にありえないわ!」

彼女の憶測に間違いはなく、やがてコゼットに手紙を送ったマリウスがやってくる。

その後、ふたりは愛を確かめ合って……

恭司「……って、これって幻聴なんかじゃなく、本当にどこかから運ばれてる声じゃないか」

 ………。
 
 ……。

//背景:公園_夜

声のする方に歩いていくと、やがてうらぶれた公園に辿りついた。 

ブランコは錆びつき、シーソーを弾ませるためのタイヤはぺちゃんこにしぼみ、ベンチの脇の柱には蔦が絡まり。

そんな長らく人の手が加えられていないであろう廃れた公園で、小さな光は輝いていた。

少女「ここに書いてあることはみんな、前にも感じたものばかり! 彼の瞳に、こんな思いがうかんでいたじゃないの」

少女がいた。街灯に反射した星形の髪留めが、彼女の動きに合わせて、スポットライトのように地面を照らしている。

それはまさしく、闇を照らす一筋の希望のようで……

少女「これって現実なの? ……ああ、そうよ!」

弱々しくも輝くことを決して諦めない小さな星のようで……

少女「間違いなく、彼よ! 彼がここまで届けてくれたのね!」

気がつくと、熱いしずくが俺の頬を滴り落ちていた。

コゼットが報われたからでも、この後ふたりに訪れる悲劇に同情したからでもない。
 
彼女の本気にあてられたから。激しく心を揺さぶられたから。
 
だから俺は、涙をこぼしてしまったんだと思う。

その後も彼女の演技は続く。俺に気づくことなく、彼女は笑顔を振りまきながら、時には悲痛に顔を歪ませながら、レ・ミゼラブルを演じる。

それも、すべての役をたったひとりで。

ひとりも観客のいない閑散とした演劇会場で。

少女「ありがとうございました!」

さっきも言ったけど、ここはひとりも観客のいない閑散とした演劇会場で。

……なのにおかしいんだ。

//SE:拍手音

少女「ふぇ!?」

実際に拍手しているのは俺ひとりなのに、まるでスタンディングオベーションが起きたかのように、万雷の拍手が耳をつんざいてるんだ。

少女「え、えっと……近所迷惑でした?」

瞳を伏せ、髪の毛を片手でいじり、身をよじらせる彼女は、つい数秒前とはまるで別人で。

恭司「俺は近所の人じゃないよ」
少女「え? ……なら、なにしにきたんですか?」

小動物のように怯えた瞳を向けてくる。数秒前までは、オオカミもかくやという眩い眼光を放ってたのに。

恭司「君の声に惹かれたんだ」
恭司「レ・ミゼラブル。革命期のフランスを舞台にした作品で、愛の形や信仰の形が鮮やかに描かれた、ユーゴーの代表作。演劇に通ずるやつなら誰でも知ってる」
少女「……え、演劇の世界と、関係があるひとですか?」
恭司「まさか。見ての通り、どこにでもいる高校生だよ。一応、演劇サークルの部長って肩書きではあるけどさ」

ちょっぴり顔を上げてこちらを見据えた途端、彼女はぴくっと身体を振るわせて、小さな嗚咽を漏らしはじめた。

少女「あ、あ……」

まるで、偶然ジャベールと街中で出くわしたジャン・ヴァルジャンのように。

恭司「どうした? あ、演技に熱中しすぎて水分補給忘れたのか? 待ってろ、すぐに水――」
少女「おおかみせんぱい」
恭司「おおかみ?」

少女はしまったとでも言うかのような表情で口を塞ぎ、脱兎の如き速さで夜の住宅街に溶け込んでしまった。

恭司「あっ、ちょ……やべぇ名前聞き忘れた」

感動の余韻に浸っていたがために、肝心な情報を聞き出しそびれてしまった。

制服を見れば年齢なり学校なり特定できたかもしれないが、如何せん私服で、外見は完全に中学生ときたから、再び会うのはかなり難しいことのように思える。

恭司「理想の子だったんだけどなぁ」

藤沢の求める誰でもいいじゃない。彼女はまさしく、俺の求める理想の役者そのものだった。

魂のこもった彼女の演技を思い出すと、瞬く間に瞳が潤んでしまう。

レ・ミゼラブルが名作だからというのも一因ではあるんだろうけど、とはいっても、それだけでここまで心が動くことはない。

この感動は、間違いなく彼女の演技の熱量にあてられて生じたものだ。

その根拠に、さっきまで彼女がいた場所を見やれば……

恭司「……ん?」

彼女が先ほどまでいたベンチの向かい――錆色に覆われた蛇口の手前に、なにか置かれている。

近寄って確認すると、レコーダーだった。

彼女の演技に熱がこもりすぎて存在しないBGMが薄っすら聞こえているのかと思っていたけど、どうやら実際に音楽が流れていたみたいだ。

レコーダーを手に取り公園の外に出るが、彼女の姿は見当たらない。忘れたことに気づいていないのだろう。

恭司「盗まれちゃ困るだろうし、ちょっとのあいだだけ預かっておくか」

何日かこの場所に足を運べば、いつかまた彼女と会えるだろう。

そう結論を出し、俺はレコーダーを鞄の中にしまう。

彼女は何者なんだろう。
 
プロの役者。まさか子役だったり……

恭司「……ここ、どこだ?」

なんてことよりも、目下の問題は家に無事辿りつけるかどうかだ。

近所だけど知らない場所って、思いのほか溢れてるよね。

………。

……。


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