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星色Tickets(ACT1)_SCENE7

//背景:中庭_夕方

瑠奈「それで忸怩くん。その子があなたの運命の相手ってことでいいのかしら?」
恭司「お前、わざと誤解させるような言い回ししてるだろ」
星「……」
恭司「雛鳥? 息してるか?」
星「……あ、ああ、すいません。藤沢せんぱいが誰かと話してる姿をはじめて目にしたので、ちょっとびっくりしちゃって……」

今の言葉から推測するに、藤沢瑠奈という生徒の存在は、既に一年生の間にも浸透しているのだろう。

さすがは校内随一の有名人。いい意味でも、悪い意味でも。

瑠奈「私だって人間だからお話くらいするわよ。まぁ、かなり選り好みするのも事実だけどね。今のところ、校内の九割九分九厘は家禽と大差ないわ」
恭司「ほぼ全滅じゃねぇか……」
瑠奈「それで、如何にも家禽側に区分されそうなあなたのお名前は?」

不躾に名前を問う藤沢だが、実は藤沢が誰かに名前を問う場面というのは、めちゃくちゃレアだったりする。

星「え、えと……ひ、雛鳥、星って言います」
瑠奈「せい? 変わったお名前ね。どう書くの?」
星「お、お星さまの星で『星』……です」
瑠奈「へぇ、素敵なお名前じゃない」
瑠奈「もっとも立派すぎて名前負けしているけれど」
星「は、はは……言われちゃいました……」

お前に温情はないのかよ……

瑠奈「終始目を合わせない。声に張りがない。今だって、私が罵倒しているのにそれを甘んじて受け入れている」
瑠奈「ねぇ雛鳥さん、あなた本当に演技できるの?」

まずい、と思ったときには既に遅く。

星「……」

こき下ろされた雛鳥は、俯いたままスカートの裾を強く握り締めている。

恭司「おい藤沢。そこまで言う必要は――」
瑠奈「忸怩くんは黙って。私は今、雛鳥さんに返答を求めているの」

キッと睨みつけられて俺はフリーズした。こっわいなぁ。

瑠奈「それでどうなの? 演技できるの?」

できないはずがない。だって俺は、舞うように演技する雛鳥をこの目で見ている。

しかし、演技中と演技外の雛鳥はまるで別人だ。まるで鶏がひよこに戻るように、雛鳥本来のポテンシャルは見る影もなくなる。

恭司「……伝え忘れてたけどさ、俺は既に雛鳥の演技を見てて……」
瑠奈「黙ってって言ったでしょ。次、口開いたら脚本家降りるから」
恭司「っ……」

くそ、誰でもいいんじゃなかったのかよ……

しかし、藤沢が不安になるのもわかる。ほんとうに雛鳥に演技なんてできるのかって、今の委縮した彼女を見れば誰もが疑うことだろう。

ここで反論のひとつでもできればいいのだが、俺の知る雛鳥星は、藤沢瑠奈の圧に立ち向かえるほど強くない。

十秒。

三十秒。

沈黙が続く。

俯いて黙り込んだままの雛鳥を見るに堪えなくて、口を開こうとしたときだった。

星「決めたんです」

ひとつの声が沈黙を破った。

星「輝くって。星って名前に劣らないくらい輝くんだって」

その声は、自信のない弱々しい声ではなく、覚悟と意志が強く感じられる芯の通った声で。

星「約束したんです。わたしがせんぱいの星になるって。全国最優秀賞を獲るって」

気弱なんてどの口が言うんだよって、呆れてしまうくらいに勇猛な姿で。

星「だから藤沢せんぱい。わたしはこんなところで立ち止まれないんです」

藤沢の鋭い眼光に臆することなくまっすぐに澄んだ瞳を向けるその姿は、昨夜の逞しく輝かしく、一番星にも負けないくらいに眩しい彼女の姿を彷彿とさせる。

星「普段のわたしは頼りないけど……でも、演劇なら話は別。わたし、誰にも負けませんから」
恭司「雛鳥、お前……」

早くも瓦解の危機に瀕した演劇サークルだが、どうやら大女優(正真正名)の奮闘によってその危機は免れた……はずだけどどうだろう。

瑠奈「……」

じっと雛鳥を射抜くように、あるいは値踏みするように見つめる藤沢。

やがて、神妙な面持ちが柔らかくほころぶ。

瑠奈「全国最優秀を獲るの?」
星「はい。地区大会で頂点を獲って、県大会でも頂点を獲って、全国大会で最優秀を獲ります。そしてわたしは、せんぱいと星になるんです」
恭司「先輩と?」

先輩〝の〟の間違いだよな?

瑠奈「いいじゃない。気に入ったわ雛鳥さん。私といっしょに忸怩くんの星になりましょう」
星「は、はい!」
星「……ところで藤沢せんぱい、忸怩くんってせんぱいのことですか?」
瑠奈「えぇ、困ったらすぐに土下座する情けない姿が如何にもナメクジって感じじゃない?」
星「なるほど。せんぱいすぐ土下座するんだ」
星「ならわたしはカ○ジせんぱいって呼びます」
恭司「お前ら、俺の名前をなんだと思ってるんだよ……」

まぁ、それで仲良くなってくれたのなら万々歳だけどね。
 
……このやり取り、母さんが聞いたら悲しみそうだなぁ。

なにはともあれ、これでスタート地点に立てたってわけだ。

瑠奈「それでナメク忸怩くん、契約は済んだからもう帰っていいのかしら?」
恭司「せんぱい、まさか莫大な借金を抱えてたりしませんよね?」
恭司「俺、ナメクジじゃないし、週五でバイトしてるんだけど……」

傍若無人だろうが、慇懃無礼だろうが、彼女たちの才能は本物だ。

大丈夫。俺がサンドバッグになれば、夢は自ずと叶うはずなんだ。

……叶う、よな?

………。

……。


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