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星色Tickets(ACT2)_SCENE3

※共通

//背景:演劇サークル部室_夕方

瑠奈「まさか雛鳥さんがこれほどの演劇の才能に恵まれていたなんてね」

それから時間は少し流れて、すったもんだするかもしれない段階に至ったのは三十分後のこと。

瑠奈「てっきり閑古鳥さんなのかと思っていたけれど、仮にそうなったら責任は脚本を書いたこちら側にあるのでしょうね」
瑠奈「……これはちょっとハードル高いかも」

ザバイ……カスタードみたいな液状のものにサヴォイ……アルディ? みたいな名前の棒状のビスコッティの先端を浸してかじった藤沢は、驚いたように目を丸くする。

瑠奈「これって、市販のものではなく雛鳥さんが一から作ったものなのよね?」
星「はい。閑古鳥のわたしにはひとりせっせとお菓子作りに精を出すのがお似合いなので」

机の中央にこんもりと盛られたサヴォイアルディ……で合ってるよな?
と、めいめいの前に置かれたカップの中に入ったカスタード……じゃなくてザバイトーネは、雛鳥自作のイタリア菓子だ。

海外発祥の菓子って、どうしてこうも覚えにくくておまけに長いのばかりなんだろうな。

このお菓子こそが雛鳥が早朝に言っていたサプライズである。

お菓子作りが何故好きなのかと問うと、ひとりでも楽しくできるからと雛鳥は答えた。理由が閑古鳥すぎる。

瑠奈「今のあなたが閑古鳥だなんて一言も言っていないわよ。……うん、このビスコッティ、すごくおいしい。家が製菓店だったりするの?」
瑠奈「いいえ、普通の家です。両親は共に一般企業に勤めています」
瑠奈「じゃあ独学ってことか」
瑠奈「……ふふ、少しあなたのことが好きになったかも」

そう言って、新たなビスコッティを頬張る藤沢はどこか楽しそうで。

星「え、えっと……それは、お菓子を毎日献上しろっていう遠回しな命令ですか?」

もっともその笑顔が楽しそうに見えるのは俺だけで、他のやつにしてみれば不敵な笑みでしかないんだろうけど。

恭司「安心しろ。藤沢は威圧的だけど悪いやつじゃない。ちょっと変わってるだけだ」
瑠奈「忸怩くんにだけは言われたくないわね」

言いつつ、藤沢は新たなビスコッティを頬張る。

実は藤沢には声色で感情が明け透けになってしまうという可愛らしい一面があるのだが、これもまた俺しか気づいていないことである。

噂の力ってすごいよな。

おかげで、校内の誰もが表層上の藤沢しか見えていないんだから。

恭司「そうですかい。……にしてもこのお菓子、ほんとうまいな。雛鳥は将来、菓子職人でも目指してるのか?」
星「いええ、あくまで趣味です。将来のことは特に考えていません」
恭司「ならどうしてイタリア菓子を作ろうと思ったんだ? 無難にクッキーとかじゃいけない理由でもあったのか?」
すもも「あ、それモモさんも気になる」

斜向かいに腰かけたすももが、ビスコッティをもぐもぐしながらピンと挙手する。

見れば、こんもり盛られていたはずのビスコッティは既に半分以上なくなっていた。

恭司「お前、食いすぎだろ。夕飯食べられなくなるぞ」
すもも「わかってるんだけど、おいしすぎるからつい手が止まらなくて~」

と言いつつも食べることをやめないので、控えようという気持ちは一切ないらしい。

星「へへ、せんぱいたちに好評のようでなによりです」
星「イタリア菓子なんて変わったものに手を出して友達づくりのきっかけにしようと思ったのですが、そもそも誰も誘うことができませんでしたからわたし。……ははは」
恭司「……蛇足にならなくてよかったな」
星「はい。せんぱいたちがいなければ、わたしのお菓子が誰かを笑顔にできるんだってずっと気づけないままでした」
星「ありがとうございますっ。せんぱいに出逢えてよかったです!」
恭司「うん、最終回の締めみたいな台詞だけど俺たちの物語はまだはじまったばかりだからな? これからだからな?」
星「わかっていますよ。これからわたしのお菓子で頂点を獲って、せんぱいを洋菓子界の星にするって約束しましたもんね」
恭司「うん。一ミリもしてないからねそんな約束?」

演劇界の超新星……なんだよな? 
洋菓子界の超新星スーパーノヴァ……じゃないよな?

瑠奈「雛鳥さんの好感度を稼いで攻略しようとしている最中に申し訳ないけれど、それで私はどんな脚本を書けばいいのかしら?」
恭司「もう少し言い方ってもんがありませんかね?」

藤沢は、既に机の上にノートパソコンを用意していて準備万端といった風だ。というか藤沢、普段からノートパソコン持ち歩いてるんだ。

恭司「俺はぼんやりイメージできてるけど、三人はなんかこうしたいとかあるかな?」

譲れない部分もあるが、できる限りは譲歩に徹しようというのが俺の方針である。

演劇は、強い団結力が基盤になければ絶対に成功しない。
だから対立するような事態は極力避けたい。

まぁ、このメンバーならいがみ合うことはほとんどなさそうだけど。

すもも「モモさんは、きーくんの意見尊重派~」
星「わたしのやりたいことは、せんぱいのやりたいことなので」
瑠奈「私は忸怩くんの意見を尊重するわ」
恭司「君たちには主体性というものがないのかな」
瑠奈「意見がないわけじゃないわよ」
瑠奈「私は堕胎した娼婦が冤罪で磔刑にされた後、幽霊になって街の人々に災いをもたらすホラーを企画してきたわ」
恭司「うん、堕胎と娼婦が並んだ時点で却下」

そこに冤罪と磔刑まで加えるとか、ドSにも限度ってもんがあるだろ。

瑠奈「とまぁ、今のはさすがに冗談だけどね」
瑠奈「けれど実際問題、今の時点で演劇に誰よりも精通しているのは忸怩くんのはずよ。あなたが出す案が最も勝ち進める確率が高いものだと思う」
瑠奈「だから私は、忸怩くんの意見を尊重する」
恭司「たしかに一理ある意見ではあるけど……雛鳥はいいのか? あんな完成度の高いレ・ミゼラブルができるのに妥協して」
星「妥協もなにも、レ・ミゼラブルは長いので、演目時間に収まらないと思います。それに既成脚本を使用しては、藤沢せんぱいの力を遺憾なく発揮することができません」
星「わたしはせんぱいと藤沢せんぱいのシナジーから生み出された画期的な創作脚本を演じてみたいです」
恭司「なるほど……」

ふたりとも明確な理由があって、俺が案を出すことを支持しているみたいだ。

すもも「うんうん、モモさんも同じこと思ってた」

三人目の副部長は、いるだけでありがたいからこれでよしとしよう。

すったもんだが懸念された脚本会議だけど、この調子でいけば波風ひとつ立たずに終わりそうだ。

恭司「なら俺がどんな演劇をしたいのか話さなきゃだな」
すもも「よっ、待ってました」

既に俺の計画の全貌を知っているすももと違い、なにも知らないふたりはごくりと唾を飲み込んで厳しい顔つきをする。

恭司「……」

ごめんなふたりとも。俺の私情に巻き込んじゃって。

恭司「俺は――泣ける演劇を作りたい」
瑠奈「泣ける……それはまた難しいオーダーね。ジャンル指定はこれといってないのかしら?」

茶化すことも否定することもなく、藤沢は、ただただ真剣なまなざしを隣から向けてくる。

俺の頼みを、俺の願いを、本気で叶えようとしてくれている。

恭司「……ああ、特にはないよ」

そんな本気に、俺は欺瞞をもって応える。

全国高等学校演劇大会での最優秀賞受賞。

ほんとうはそんなものに、なにも価値を見出していないなんて、いまさら言い出せない。

瑠奈「うーん、スラップスティックコメディで笑い泣きさせてもそれは泣かせたことに変わりないし、悲劇で涙を誘っても、悲哀で涙を誘っても、泣かせたことにはなる。けれど人材が限られているし……」
瑠奈「ちなみに忸怩くん、人員補充は可能なの?」
恭司「ああ。先輩に頼んで、本選に出ない部員五人までなら手を貸してくれる手筈になってる。部員の子たちも了承済みだ」
瑠奈「さすがの手際のよさね。……わかった。今週末に企画書を完成させる。それで問題ないかしら?」

企画書。

その言葉を聞いた直後に鞄に入った一冊のノートが頭をよぎるが……

恭司「……今日は水曜日だぞ。そんな早く書けるのか?」

俺の理想とする物語に近づくかもしれない。けど、小波の事情を話さなければならない。

だから俺は選んだ。

安全で最低で最悪な隠すという――嘘をつくという道を。

瑠奈「当然じゃない。だって私も、忸怩くんの星だもの」
星「あ……」

決め台詞を取られて呆然とする雛鳥を一瞥すると、藤沢は満足そうに微笑み、パソコンを閉じてぐっと背中を伸ばす。

瑠奈「な~んてね。よくもまぁ、雛鳥さんはこんな恥ずかしい台詞を躊躇いなく言えるわね」
星「そ、そう……ですか? でも、わたしは先輩の星だって言うと、なんだかやる気が湧いてくるんです。ここでわたしが頑張らなきゃ、せんぱいまで困っちゃうんだって」

そう言って照れくさそうに微笑みかけてくる雛鳥の笑顔があまりにも無垢なものだから、俺の胸でわだかまる罪悪感はますます肥大してしまう。

……今ならまだ間に合うんじゃないか。ほんとうは小波を泣かせて、小波を普通の女の子だってことを証明したいだけなんだって、明かしても。

……けど、全部俺のわがままだって明かしたら。

もしかしたらふたりは俺に失望して……

すもも「きーくん、きーくんっ」

罪悪感と戸惑いに頭を悩ませていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。

すもも「どうするの? このままでいいの?」
恭司「……すももはどう思う?」
すもも「それはきーくんが決めることだよ」

いつものおどけた素振りが嘘のように力強い口調だった。

すもも「大丈夫。ここですべてがゼロに戻っても、わたしは何度だってきーくんに手を貸すよ」

引き締まった頬を和らげ、俺を安心させるように微笑みかけてくる。

恭司「すもも……」

いつもそうだ。俺が道を踏み外しそうなとき、選択に困っているとき、すももは俺を助けてくれる。俺に寄り添って、俺の背中を優しく押してくれる。

今、藤沢と雛鳥の勧誘に成功して、こうやってスタート地点に立てているのも、すももの助力があったからだ。

いや、そもそもすももがいなければ、俺はあのときにもう……

恭司「……どっちの夢も叶えれば、明かさなくても問題ないと思うんだ。どうかな?」
すもも「おっ、強気だねぇ。……ま、そのときが来たら話せばいいんじゃないかな」
恭司「……そうだな」
すもも「よし決まりっ! ほらほら顔を上げい部長!」

すももに勇を鼓すように背中を叩かれて、俺は知らず俯いていた顔を上げる。

星「なんの話ですか?」
恭司「……」

憂えた顔をした雛鳥と、真剣な顔をした藤沢が俺をじっと見つめていた。

恭司「……」

覚悟は決まった。

恭司「今日、近所のスーパーでタイムセールやっててさ、そろそろ時間だけど行かなくていいのかって話してたんだ」

俺は、嘘を貫き通すことにした。

それが『彼女』との約束を破る行為であると自覚しながらも、俺は意思を曲げなかった。

恭司「ちょうど卵切らしててさ、いやぁ惜しいけどこの時間には変えられないよな」
星「なら今日は解散でいいんじゃないですか? ひとりあたり何パックまでって制限があるなら、わたしもついていきますよ」
恭司「いや、大丈夫だよ。それよりも脚本脚本!」

まったくいい子すぎて参るな。……心が痛くなってきたじゃないか。

藤沢「……なるほど。青海さんが元カノで、那須先輩が今カノか」

藤沢は小さくため息をついた。

瑠奈「先日はごめんなさい。はじめてはいつか、なんて野暮な質問をしてしまって」
恭司「肯定してないのに話を勝手に進めないでくれる?」

そしてすももは何故反論しない?

けらけら笑ってるだけだと、純真無垢な後輩はきっと……

星「え……せんぱい、やっぱりあの噂はほんとなんですか?」

やっぱりそうなるよなぁ。

恭司「待て雛鳥、これは藤沢が偏見とドクサで勝手に言ってるだけであって……」
星「へ、偏見と独裁……」
恭司「このくだり、なんだか既視感があるな……」

それから四人で意見を出し合い、物語のイメージを固めていった。

瑠奈「ねぇ忸怩くん。さてはあなた、アイデアノートを持ってたりしない?」
恭司「え?」
瑠奈「さっきからやけに情報が洗練されすぎてる。参考にしたいから見せて頂戴」
恭司「いやそんなもん持ってないって」
瑠奈「本当に?」
恭司「……あぁ、ほんとだよ」
瑠奈「あと一回」
恭司「え?」
瑠奈「……なんでもない。仏の顔も三度までってことよ」

アイデア出しをする間、藤沢が冗談めかして下ネタ発言をすることは一度もなかった。

………。

……。


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