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[推し本]職場で傷つく(勅使河原真衣著)

職場で、○○ハラやメンタル休職などが起こってしまう、もっとずっと手前で起こっている傷つきを、ともすればないことにされるものを著者は正面から捉えます。
個人の能力や弱さのせいにせずに、傷つきのメカニズムを注意深く見ることが組織開発の起点となるといいます。

昨今、人的資本やパーパスやウェルビーイングや心理的安全性など、その界隈では流行りの新しい用語とソリューション的なものが取り上げられがちですが、まあうっすら漂う「ほんまか?」な匂いはありますよね、ええ。

著者から見ると、上司も部下もなんなら顧客も、何かに傷つき、その理由は評価だったり、過度な責任だったり、組織ぐるみの不正などやってはいけないことをやらされたり、思ったサービスが受けられなかったり。
しかも多くの職場は「傷ついています」とは絶対に表に出せないマッチョゲームです。誰かが何かできている/いない状況は、外部との関係性の中で可変的なのにも関わらず、一時の現象を切り出して、コミュ力がない、自発性に欠ける、使えないと評価(レッテル貼り)して個人の能力のせいにする構造は、敗者を作り排除するにはラクだが、構造的な解決ではない。だからこそ組織開発に活かすべき、というのが著者の視点です。

でもそんなぬるいこと言っててやっていけるのか、と思われそうですが、地道に取り組めるヒントも提示しています。それらがあって初めて人的資本やパーパスも意味あるものになるだろうと思います。
私自身も人事組織系コンサルティングに携わっており、学ぶところが多かったです。

そして、この本を読んだ後も「傷つき」についていろいろ考えていましたが、仕事でお金をもらうことからして実は「傷つき」の第一歩ではないかと思いました。
仕事してお金をもらってなんで傷つくのか、ですが、例えば家でお手伝いをする、おじいちゃんおばあちゃんに喜んでほしくてお菓子を作る、そんな行為に見返りやお小遣いのインセンティブは最初はなかったはずです。

純粋に誰かの役に立つ喜び、ありがとうと言ってもらう喜び、そんな牧歌的なものとは引き換えにあなた方はお金がすべてのゲームに入ってきたのだ、と初任給の額(時にはバイトでの稼ぎより低いかも)を突き付けられ、それに喜ぶべきなのかちょっとがっかりするべきなのかもわからず、少しずつ飼いならされ、何かをあきらめ、せいぜい数十万円の取り合いで同僚と戦い、稼げる奴がパワーをもち、それが大人の世界なんだと自分を信じ込ませる、そんな一つ一つに傷ついているのかもしれないな、と思いました。

ナイーブ、でしょうか。

でも昨今の10代、20代はもう気づいているのかもしれません。この資本主義のほころびを。企業で働くことが社会や環境にいいだけではないことを。ブルシットジョブが人生の無駄使いになりそうなことを。
企業の存在価値やパーパスを唱える企業は、ものすごく覚悟と叡智と不断の努力がいると肝に据えて取り組む必要があります。

先日「企業変革のジレンマ」で紹介した宇田川元一さんが帯で推薦書きをしているのですが、宇田川さんも他者とのままならない関係性にどう諦めずに関わっていけるか、ということで対話を重視しています。勅使河原さんも宇田川さんもケアの考えを経営にも応用する臨床医の趣がありますね。

能力の虚構性は社会心理学者の小坂井敏晶さんの本にも詳しいです。


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