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【短編小説】ジェニー(『魔法使いジェニー』トリビュート小説)

愛を持って接すれば、私のマシンは必ず応えてくれる

■あらすじ
まるで魔法のような技術であふれた町にやってきたハートたち。
そこには最初に旅立った友達、ジェニーがいた。

吉井和哉さん『魔法使いジェニー』のトリビュート小説

【人物紹介】
ハート
:モノと会話し実体化させる力を持つ少女。実体化して旅立ったモノたちの様子を見に行く旅をしている。
ファンキー:ヘッドフォン。放っておけばひとりでいつまででもしゃべっている。その大声はもはや武器。
モンキー:サルのぬいぐるみ。カッとなりやすく、口より先に手が出る。実体化すると怪力なので手に負えない。
ラッキー:水鉄砲。狙撃が得意。皮肉屋。普段はリュックの中でのんびりしているので、引っぱり出されると大体面倒くさそうな顔をしている。
ジャンキー:リュック。なんでも拾ってしまうクセがあるが、なんでも入るポケットがあるのであまり困っていない。

 このあたりに来てからというもの、行く先々でこんな話を聞かされた。
 ――ごうつくばりな魔法使いに気をつけろ。
 ある貧しい村の話だ。ある日、村にひとりの魔法使いがやってきた。魔法使いは生活を便利にする魔法を次から次へと出して、村は急速に発展していった。
 ところが、村人が新しい生活にすっかりなじんだころ、魔法使いは突然、魔法の対価を要求した。村は応じるしかなかった。しかし要求はどんどんエスカレートし、これ以上は払えないと村人が言うと、魔法使いはあっさり村を去ってしまった。
 魔法使いがいなくなったことで、魔法は次々に解けていき、村は前より貧しくなった。
 そして村は、ほどなくして壊滅を迎える。魔法使いの魔法を使う盗賊に襲われたのだ。
 魔法使いは気まぐれで、ごうつくばりだ。
 だから決して信用してはならない。
 多少、バリエーションの違いはあれど、大筋はどれも共通していた。
 そんな話をさんざん聞かされていていたから、今、ハートは少し戸惑っていた。町の入り口にこう書いてあるのだ。
〈魔法使いの守護する町〉
「同じ魔法使いかな?」
「魔法使いってそんな何人もいんのかよ?」
 ファンキーのつぶやきをモンキーが茶化す。
「じゃあ会って聞いてみよう」
 ハートが町に入ろうと歩みを進めたとき、頭上から声が降ってきた。
〈警告。通行証を持たずに入町した場合、チリと化します〉
 ハートは下ろしかけた足を止める。これまで歩いてきた舗装路と、町に敷き詰められたタイルの境目が、急に遠く感じられる。
〈通行証の再発行は北口の窓口へ。一時入町の場合は目的を述べてください〉
「旅をしてるんだ。友達を探してる」
 どこに向かって言えばいいのかわからなかったので、大きめの声で答えた。どうやら音声は柱から聞こえてくるようだ。十メートル程度の高さの白い柱が、町を取り囲むようにぽつりぽつりと並んでいる。
〈友達の名前は?〉
「いっぱいいるんだ。旅の途中で会えたらいいなって感じだから、この町に友達がいるかどうかはわからないんだけど」
〈我々には町の安全を守る義務と、不要な入町を拒否する権利があります。あなたの入町目的に必然性がありますか?〉
「うーん、そう言われちゃうとなぁ」
 苦笑いするハートの首元で、ファンキーがため息をついた。なんで馬鹿正直に応えちゃうかな。今から移動したのでは隣の町に着く前に日が暮れてしまう。野営を避けるためにも、ファンキーは今からでも挽回して町に入れてもらう手立てはないかと頭をひねった。
 そのとき、背後から声がした。
「私が許可する。入れてあげて」
 振り返ると、作業着姿のブロンドの少女が立っていた。ふたつにざっくりしばった髪は豊かなカールを描いている。身に着けている作業着や安全靴やゴーグルはすべて新品同様で、汚れひとつない。
 どこからともなく現れた思いがけない相手に、ハートは少し面食らう。
「ジェニー?」
「思ったより早かったね」
 困惑するハートを置き去りにして、ジェニーは町に入る。
「大丈夫、チリになったりしないから」
 ジェニーに手招きされ、ハートはそっと足を進める。なにごともなく舗装路とタイルの境目をまたぐことができた。モンキーがつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「おどかしやがって。チリと化すとか、口だけか」
「そんなことないよ。さっき立ち止まらなかったら、君もハートも微粒子サイズに分解されてたよ」
 ジェニーのその言葉に皮肉はなく、ただ淡々と事実を述べていた。モンキーは言葉をなくして凍りつく。
「ついてきて」
 そう言うジェニーに、ハートはひとまずついていくことにした。聞きたいことは色々あったけど、今は任せることにする。
 ジェニーは小さなバスのような形の箱に乗りこんだ。どうやら乗り物らしいが、タイヤがない。乗りこむと運転席すらなかった。かわりに箱型の機材があり、その前に人型のロボットが鎮座ちんざしている。壁沿いに並んだ座席にハートが腰を下ろすと、ジェニーはロボットに手をかざした。「チャリン」と電子音が鳴ると、ロボットは自分のアームの先の端子を箱につないだ。ドアが閉まり、突然ふわりと地面が浮き上がるような不思議な感覚がした。そのまま滑るように、音もなく箱は進み始める。
 ハートが窓から外を見ていると、他の箱とすれ違った。想像していたとおり、地面から少し浮いた状態で道を走っている。
「すっげー! なんだこれ!」
 窓にぺったりはりついたモンキーは、目の前を通りすぎるすべてに興奮の声を上げる。
 服屋のショーウィンドウは鏡になっているのかと思いきや、通行人に売り物の服を着せた姿を映しだしていたり。通行人の後ろを、荷物を載せた台車(やはり宙に浮いている)が勝手についてきたり。宙に浮かんだひとかかえほどの雨雲が、花壇に水をやりながら少しずつ移動していたり。町は見たことのないものであふれていた。
「おい! あそこ曲がれ!」
 モンキーが指示するが、バスは角を素通りして直進する。ムッとしたモンキーは、座席の背もたれをつたってロボットの頭の上に飛び乗った。
「聞こえてんだろ、お前だよブリキ。無視すんなよ」
 それでもロボットは無反応だった。ジェニーがやれやれと説明する。
「そんな言い方じゃ言うこと聞いてくれないよ。彼らにはもっと敬意を払わなきゃ」
「ロボット相手に?」
「そうさ。金と敬意を払わない人は無視するようプログラムしてあるからね。この子だけじゃない。この町中にいる私の発明品すべてがそうだ」
「お前だってそいつに金払ってないだろ」
「払ったよ。これを近づけると、支払いができるんだ」
 ジェニーは人差し指につけた指輪を見せてくれる。さっきロボットの頭に触れたのは支払いのためだったのだ。
 モンキーは理解することを放棄して、ロボットの頭から下りた。ふてくされてハートの横に戻ってきたが、顔だけはしっかり窓の方を向いている。
 窓の外に、手を振る親子がいた。ジェニーは笑顔でそれに答える。その光景はさっきから何度か目にしていた。すれ違いざまに手を振ったり、あいさつしたり、町の人はみんなジェニーのことを知っているようだ。
 ファンキーがひそひそ声で尋ねた。
「ねえハート、彼女もアタシらと同じなの?」
「あれ、前に話したことなかったっけ?」
 ハートは座席に下ろしたリュックに手を突っこむ。しばらくごそごそやって取り出したのは、きせかえ人形だった。花柄のワンピースに、真っ赤なハイヒールを身に着けている。
「ジェニーは最初に出巣リリースした子だよ」
 ジェニーはもともと他の子どもの持ちものだった。ハートがそれを譲り受け、ほどなくしてジェニーは目覚めた。
「あっ、懐かしー!」
 きせかえ人形を見るなり、ジェニーは目を輝かせた。ハートが差し出した人形を受け取ったジェニーは、観察しながら続ける。
「そのころのハートはまだ自分の力を理解していなかったから、ふたりで色々と検証したんだ。そしたら、こうなった」
 こう、とジェニーは自分の体を指差す。飾り気のかけらもない服装だが、すらりと長い手足や、豊かな巻き髪や、自信に満ちた表情は手に持っている人形と同じだ。懐かしさにハートは目を細める。
「ジェニーはあのころから調べたり試したりするのが好きだったからね」
「好奇心を失ったら発明家はおしまいだよ」
 ジェニーはしばし本体との再会を懐かしむと、あっさり人形を返した。
「もしかして、町の入り口に書いてあった『魔法使い』ってあなたのこと?」
 ファンキーが尋ねる。ジェニーが同類と同じとわかったので、もう声をひそめる必要はない。
「ああ、あれね。だれかが勝手に呼び始めたんだ」
「なんで魔法使い?」
「みんな私の発明を見て言うんだ。『魔法みたい!』って」
 理解を超えた技術を人は魔法と呼ぶ。確かにこの町には「魔法みたい」な技術であふれていた。それらはすべて、ジェニーの発明品だという。
「で、君たちの旅の目的は?」
「リリースしたみんなの様子を見に行くんだ」
「ただ顔を見に行くってわけじゃなさそうだね」
 ジェニーの鋭い指摘に、ハートはへらっと白状する。
「あとは、各地のおいしいものめぐりも」
 ジェニーは短く笑う。
「まったく、ハートらしいね」
 

 ジェニーとハートは町外れでバスを降りた。町中に敷き詰められていたタイルが途切れて、そこから先は乾いた大地が広がっている。その境目にそびえ立つ白い柱が、長く影を落としていた。
 荒野に目を向けたジェニーは「うん、時間どおりだ」とうなづいた。
 ハートも荒野に目を凝らす。遠くに土煙が立っているのが見えた。なにかがこちらに向かってきているようだ。
「あれ、なに?」
「盗賊」
「盗賊⁉」
 ファンキーが急に大きな声を上げたせいで、ハートの耳がキンとなる。
 ジェニーは今日の献立でも読み上げるみたいに淡々と説明する。
「バイクに乗ってると町に入れちゃうから、まずはやつらをバイクから引きずり降ろして。乗ってるやつらはどうなってもいいけど、バイクはなるべく傷つけないで。徒歩で町に入ろうとするやつは放っといていい。それから、できればモンキーはバイクに乗せない方がいいと思う。あ、あと、頭に銃を突きつけられたら三つ数えて前に倒れて」
「待って、なんの話をして」
「じゃ、頑張って」
 ジェニーはポケットからペンのようなものを取り出すと、それで空中に大きな円を描いた。円の書き出しと書き終わりがつながると、突如、円の向こうに部屋が現れた。その円をまたいで向こう側に行ったジェニーは、ハートに手を振りながら、反対の手に持っていたペンのボタンを押す。その瞬間、円は消え、部屋もジェニーも見えなくなった。
 ファンキーがつぶやく。
「なに、今の」
「魔法みたいだ」
 ハートたちが呆気に取られていると、町にサイレンが鳴り響いた。
〈警告。外部勢力による襲撃を検知。町民は速やかにシェルターへ避難することを推奨します。避難行動を取らずに受けた被害はすべて自己責任です〉
 スピーカーが、冷静な声音こわねが物騒な警告を繰り返す。その音声を遮って、何かの機械が駆動する音がした。柱の上の方で小窓が開いたかと思うと、中から大きな銃口が出てきた。見える範囲にある柱はすべてから同じように銃口が生えてきて、土煙の方を向く。
 土煙は、バイクに乗った人だった。ざっと見て二十くらいいるだろうか。もうエンジン音が聞こえる距離にまで近づいていた。
 ドン、と大地が震えた。遅れて、荒野で新たな土煙が上がった。柱についた銃口から次々に弾丸が発射され、荒野で炸裂する。しかし盗賊たちはまるで着弾する位置がわかるみたいに、ムダがない動きで弾丸をかいくぐる。
 着実に町へ近づいてきてくる盗賊を見て、ファンキーが言う。
「どうする? アタシの声で押し返す?」
「うーん、でもバイクは傷つけないでって言ってたからなぁ」
 しばし考えたハートは、リュックを下ろして中に手を突っこんだ。指先が触れた水鉄砲から、ラッキーが出てくる。
「やっぱりボクになるわけね」
 ため息をつきながら前に出たラッキーは、指で作った銃を盗賊に向ける。
 指先がチュンッと空気を裂くと、彼方かなたで盗賊のひとりがバイクから転げ落ちた。ライダーを失ったバイクがひっくり返って土煙を上げる。ラッキーは次々に盗賊を狙い撃っていく。
 その足元で、突然、タイルが弾けた。パパパッと線を描くようにタイルが砕け、ラッキーは驚いてたたらを踏む。バイクから落とされた盗賊のひとりが、倒れたバイクの影からサブマシンガンでラッキーを狙っていた。他にもラッキーに気づいた盗賊たちが、武器を手に向かってきている。
 ラッキーはハートを連れて柱の影に隠れる。
「で、このあとどうするの?」
「どうしようねぇ」
 ふにゃっと笑うハートに、ラッキーは再び特大のため息をつく。
 いつの間にか柱の銃は沈黙していた。威力が強いせいで、近づかれてしまうと使えないのだろう。
「そろそろ、オレの出番だろ? ん?」
 ハートの首に寄りかかったモンキーが、ぽすぽすと頭をノックする。
 人数が多いので、これ以上接近されたらラッキーでは対処しきれない。さっきジェニーが言っていたことが気になったが、出し惜しみしていられる状況ではなさそうだ。
「わかった。でもちゃんと手加減してあげるんだよ」
「わーってるって」
 およそわかっているとは思えない返事をするモンキーに、ハートは触れる。
 人の姿になるなり、モンキーは裸足で砂を蹴り上げて荒野を走った。一番近くにいた盗賊に接近し、そのままの勢いで飛び蹴りを食らわす。気づいた他の盗賊たちが銃口を向けるが、モンキーは恐るべき勘と動体視力で回避し、次々に盗賊をのしていく。
 ふと、モンキーの動きが止まった。ひっくり返ったバイクを見つめる目が、にやぁっと笑う。
 ラッキーは天を仰いだ。
「あー、やだ。すっごく嫌な予感がする」
 ラッキーの予想通り、モンキーは意気揚々と起こしたバイクにまたがった。握ったハンドルを手前にぐるんとひねる。うなりを上げたバイクの前輪が宙に浮き上がる。モンキーは強靭な体幹で押さえこみ、なんとか転倒は免れたが、コントロールを失ったバイクは猛スピードで蛇行を始める。
「ほら、ほら、ほら、もう!」
 身の危険を感じたラッキーは、ハートを柱の陰に引きこむ。しかしなぜか横から回りこむように、モンキーのバイクが突っこんでくる。
「こっち来んな!」
「邪魔だ、どけ!」
 倒れないようにするので精一杯なモンキーは、ふたりに叫ぶことしかできない。
 しかしバイクをよければ盗賊の射線に入ってしまう。逃げ場を失ったハートの背中で、リュックが声を上げた。
「出る!」
 ハートが背中に手を回すと同時に、ラッキーはハートをかかえて柱の影から飛び出した。盗賊から丸見えになったふたりを、銃口が追いかける。その間に滑りこんだジャンキーが、ポケットから出したマンホールのふたを盾に立ちはだかった。パララララ、と弾丸にマンホールのふたが震える。
 次の瞬間、バイクは柱に激突し、爆発した。
 バイクだった金属片と砂が雨のように降ってくる。
 三人はおそるおそる、柱の反対側を覗きこむ。ぶつかった衝撃で、バイクはくしゃくしゃに丸めた紙みたいになって潰れていた。炎に包まれ、どのあたりにシートがあったのかさえよくわからない。炎の中にモンキーの姿を探していると、突如、視界の外から声がした。
「うはははは! あっぶねえー!」
 砂の上に寝転んだモンキーがゲラゲラと笑っている。砂についた転がった跡を見る限り、柱にぶつかる寸前に自力で飛び降りたようだ。さすがのモンキーもヒヤッとしたらしく、反動で笑いが止まらなくなっている。
 ラッキーは一瞬でもモンキーを心配したことを激しく後悔した。
「あぶねーはこっちのセリフだよ! こんなときになに考えてんだ!」
「これ使えば追いかけやすいだろ」
「あーあー、あっという間に柱に追いついたもんな」
 ラッキーは怒りで皮肉が止まらない。そのすぐ横から声がした。
「動くなよ」
 盗賊に銃を突きつけられたラッキーは震え上がって手を上げる。バイクの爆発に気を取られている間に取り囲まれたようだ。ハートとジャンキーも大人しく手を上げるしかない。モンキーは寝転んだままだ。
 本物の銃をつきつけられて完全にビビっているラッキーの姿を見て、男が鼻で笑う。
「お粗末な用心棒だな」
「本職じゃないもんで」
 ラッキーはビビりながらも軽口だけはしっかり叩く。
 どうやらラッキーに銃を向けている男がリーダーらしい。突きつけた銃はそのまま「バイクを起こせ。町に乗りこむぞ」と他の盗賊たちに指示を出している。
 その中のひとりが、町へと足を進めた。
「さっさと済ませようぜ。新しい足は中で探せばいいだろ」
「おい待て」
 リーダーが言い終わらないうちに、盗賊はチリと化していた。柱から照射されたレーザーを浴びた瞬間、体は砂像のごとく形を失い、町の境目に降り積もった。細かくて赤っぽい粒子が、風に吹かれてふわっと舞い上がる。そのチリを浴びそうになった盗賊のひとりが「ひぃっ」と声を上げて逃げだした。
「こら! どこ行く!」
 リーダーの意識がそれた隙に、ハートは地面に伏せた。その手が首のヘッドフォンに添えてあるのに気づいたラッキーとジャンキーも、慌てて身を屈める。
 視線をラッキーに戻したリーダーの目の前に、大きく開いたファンキーの口が現れた。
 轟音と衝撃波がリーダーを吹き飛ばす。それを合図に、他の盗賊たちもクモの子を散らすように逃げだした。
 なんとか起き上がったリーダーは近くにあったバイクを動かそうとするが、倒れたときに壊れてしまったのか、なかなかエンジンがかからない。
「このポンコツが!」
 しびれを切らしたリーダーはバイクを足蹴にし、他のバイクへ乗り換えた。その背中に静かな声が突き刺さる。
「ポンコツはあんただよ」
 リーダーは振り向くなり、ガタガタと震えだした。
「ま、魔法使い……!」
 ジェニーは静かな目でリーダーをにらむ。
「私の作ったマシンは、愛を持って接すれば必ず応えてくれる。あんたはこの子に見限られたのさ」
 ジェニーがまだしゃべっているうちに、リーダーは走って逃げ出していた。
 一方ジェニーはのんびりとした足取りで、リーダーが置いていったバイクに近づく。ハンドルの下に挿してあったキーカードを、手にしていた別のキーカードに挿し替える。新しいカードを挿した途端、バイクは甲高いいななきを上げて息を吹き返した。だれも触れていないのに、バイクは鼻息荒くエンジンを吹かして盗賊を威嚇する。ジェニーはバイクのサドルを優しくなでる。
「いいよ。君の好きにしな」
 ジェニーの許可を得たバイクは荒野に飛び出した。走る盗賊を追い回し、すれすれで急カーブして砂をかぶせ、転んだ男の上を飛び越えたり、盗賊たちを恐怖に陥れる。
 ピュイッ、と口笛が鳴った。
 振り向くと、ジェニーがペンのようなもので宙に大きな円を描いていた。円の向こう側には何もない砂漠が広がっている。
 バイクはすぐに意図を理解したようで、逃げ惑う盗賊たちの周りをぐるぐると走り始めた。行く手を遮り、吠えるようにエンジンを吹かし、盗賊たちを徐々にジェニーの方へと追いこんでいく。逃げ場を失った盗賊のひとりが円へ飛びこんだ。それを見た他の男たちも次々と円の向こうへ逃げていく。
 最後のひとりが円に飛びこんだあとも、バイクは円の目の前でしつこく吠えて威嚇し続けた。円を覗きこんだジェニーは、砂漠で震えている盗賊たちに手を振り、そしてペンのボタンを押した。
 円が消え、砂漠も盗賊も見えなくなる。
 ひと仕事終えたバイクは、エンジンをゴロゴロと小さく鳴らしながらジェニーにすり寄った。ジェニーにサドルをなでられると、嬉しそう体を震わせる。
「いい子だ。おかえり」
 ジェニーは他のバイクも同じようにキーカードを挿し替えた。起き上がったバイクたちが一列に並んで町の中へと走っていくのを見届けると、ジェニーはハートを振り返った。
「助かったよ。おかげで自立走行システムを完成させる時間が稼げた」
「いやぁ、なんか引っ掻き回しただけな気もするけど」
 柱に突っこんだバイクは大破して、真っ黒な煙を上げている。柱も無傷では済まないだろう。けれどジェニーは気にしていないようで、手に持った端末で町の警報を解除し、清掃ロボットを寄越すよう指示を出している。
「ねえ、ジェニーはどうしてこれから起こるを知ってたの?」
 指示出しが終わったのか、端末をポケットにしまったジェニーは、かわりに例のペンのような装置を取り出した。
「そろそろ種明かししようか。ついてきて」
 

 ジェニーが描いた円をくぐった先は、ジェニーのラボだった。ファンキーは円が消えた場所を見つめる。
「これって、ワープだよね?」
「そうだよ。でもまだ実験段階で、特定の場所にしかつながってない。ここと、町の入り口と、どこかの砂漠と、どこかの氷河」
「ずいぶん極端だね」
「そのおかげでかき氷と日光浴はいつでも楽しめるよ」
「ポジティブ」
「それが私のモットーさ」
 胸をはったジェニーはラボを進む。
 ラボは円形の部屋で、天井はドーム型になっている。その中央に、巨大な地球儀のような装置が陣取っていた。ジェニーがその装置を操作すると、部屋が暗くなる。
「これがさっきの答え」
 装置から無数の光の点が放たれ、天井一面に星空のようになった。光は絶えず動いていて、なにかの形を作りだしている。それは人の姿だった。ふたりいる。かと思うと装置から声が聞こえてきた。
〈いいや。先のことがわかってたら、つまんないし〉
〈まったく、ハートらしいや〉
 ハートは首をかしげる。
「これは?」
「ほんの少し未来の私らさ」
 この装置のおかげで盗賊の襲撃を事前に知ることができたのだ。ハートたちが来ることも。モンキーがバイクを暴走させることも。
 しかし途方もない話にハートはぽかんとなってしまう。ジェニーは説明を続ける。
「元々は、発明を引き渡す相手を見極めるために作ったんだ。私の発明を悪用しないか、ちゃんと愛してくれるかどうか」
 モンキーが鼻で笑う。
「愛とかなんとか言うわりに、金はしっかり取るよな」
「別に金儲けがしたいわけじゃない。私はただ自分の発明を守りたいだけだ」
 ジェニーはこの町に来る前の話を始めた。
 ここからそう遠くない別の村にいたころのことだ。なにもない貧しい村で、ジェニーはそこに住み着いて技術を提供した。インフラを整備し、生活を便利にするロボットを無償で貸し出した。ジェニーはただものを作るのが好きで、作ったものがその役割を果たす姿を見るのが嬉しいだけだ。だから見返りはなにも求めなかった。
「最初はみんな喜んだよ。だけどすぐに慣れて、どんどん扱いが雑になってった」
 大切に使ってほしいと頼むと少し改善したが、すぐにまたもとに戻ってしまう。
 だから利用料を取ることにした。ところが今度は「金を払ってるんだから、どう使おうが勝手だ」と言いだし、やはり扱いは変わらない。
 自分の子どものような大切な発明品たちが、毎日毎日、ぼろぼろになって修理に回ってくる。そんな環境がジェニーには耐えられなかった。
 だからジェニーは、ほぼすべての発明品を引き連れて村を出た。
 そしてこの町にたどり着いた。衰退の一途をたどっていたこの町に、技術を提供した。前回の失敗を活かし、技術には必ず対価を要求した。大切にしてほしいということを伝え続けた。そのかいあってか、町の人々はジェニーと彼女の発明を対等なパートナーとして迎え入れてくれて、町はどんどん発展していった。
「この町は私の発明を大事にしてくれる。だから私は、この町のためにできることはなんでもする。お金は、そのバランスを維持するためのシステムのひとつなのさ」
 自分で聞いたくせにモンキーはすでにこの話に興味を失くしたらしく、ラボに並んだ発明品を眺めている。ジャンキーもさっきから物色するみたいにうろうろしていた。ジャンキーは気になったものをなんでもポケットに入れてしまう困ったくせがあるが、ラッキーが横にぴったりはりついて目を光らせているので、ハートは安心して話を続ける。
「前にいた村はどうなったの?」
「ああ、あの村ね」
 ジェニーが苦々しい顔になる。けれどその言葉はどこか寂しそうでもあった。
 村を去るとき、生活に困らない程度の最低限の発明だけは残した。こんなひどい環境に我が子を残すのはまさに断腸の思いだったが、村はもはやジェニーの技術なしでは回らなくなっていたのだ。すべてを放棄することは、技術者としての責任感が許さなかった。
 同時にこれは、残した発明品が壊れるまでの間にこれを使って自ら新しいインフラを整備しろという、ジェニーの最後の情けでもあった。
「だけどあの村はなにもしなかった。発明品が朽ちるまで、ただ使い倒した」
 やがて村がどうにもならなくなったころ、残ったバイクを使って盗賊をやる者が現れた。よその村からも、自分の村からも奪い尽くして、周辺は廃墟となった。
「もうそんなことを繰り返したくないから、これを作ったんだ」
 ジェニーが球形の装置のスイッチを切ると、天井の星が消えて、照明がついた。
 振り向いたジェニーはハートに問いかける。
「それで、ハートの目にはどう映った? 私は帰巣リターンすべき?」
 ジェニーの言葉に、ハートはあまり驚かなかった。
「やっぱり気づいてたんだ」
「発明家は観察眼も鋭いのさ」
 ジェニーは得意げに笑う。
 旅の目的を聞かれたとき、ハートは「リリースしたみんなの様子を見に行く」と答えた。事実だが、すべてではない。
 リリースした子の中には、人に危害を加えてしまっているケームもある。説得して改善するのならそれでいい。そうでない場合はリターンさせるが、大抵は抵抗されるので、結局は強制的に回帰ハークバックするしかなくなる。選択や順番を間違えると周囲に被害が出るので、ジェニーがどれに当てはまるのかを見極めるまでは、本当の目的を言えなかった。
「この町の人たちともうまくやってるみたいだし、私はこのままジェニーが思うように生きてほしい」
 ハートの答えに、ジェニーの顔にパッと笑顔が咲く。
「それを聞いて安心したよ。もしリターンしろって言われたらどうしようかと色々と方法を考えてたんだけど、使わなくて済んだよかった」
 どんな方法を考えていたのかは、怖いので聞かないことにした。
「たまに遊びに来てよ。で、もし私が余計なものを作りそうになったら、リターンさせて」
「余計なものって?」
「たとえば不老不死の薬でしょ、ボタンひとつで世界をチリと化せる兵器とか、タイムマシン」
「タイムマシンならはもうあるじゃん」
「これは違うよ、ただ見るだけ」
「そんなに違わない気がするんだけど」
「大違いだよ。人間が時間を飛び越えるんだよ? 影響は計り知れない」
「そうなの?」
「そうさ。時間移動技術は、この世界にはまだ早い」
 ジェニーは確信を持って言うが、ハートにはいまひとつ想像がつかなかった。横にいるファンキーも同じだ。ジェニーもそれ以上説明する気はないようだ。
「あ、そうだ。よければ君らの未来を見せてあげようか? 手伝ってくれたお礼に」
「ほんと!?」
 ファンキーが目を輝かせる。しかしハートはしばらく悩んだ末、首を振った。
「いいや。先のことがわかってたら、つまんないし」
 ファンキーが「ええー」とガックリするが、ハートの心は変わらない。そんな友を見てジェニーは微笑む。
「まったく、ハートらしいや」

〈了〉

Photo by Shopify Photos
Edited by 朝矢たかみ


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