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かつて親友が居た。

黒崎と初めて出会ったのは小学校6年生の学習塾でのことだ。
塾こそ同じだったが、別の小学校に通う黒崎は、縦ロールのツインテールを振り乱していつもふざけ回る生意気なガキだった。

黒崎と喋るようになったのはいつだったか。
授業が始まる前の教室では、だいたい同じ学校の子同士でつるんでいる中で、一人でノートに絵を描いていたかしていた私に、黒崎から話しかけてきた気がする。

同じオタクの匂いを感じ取ってくれたらしい黒崎と私はすぐに仲良くなったんだっけ。

世のすべてを達観し「悟りを開いてる」ようなクソ生意気な態度の私に良く話しかけてきたなと思う。

思い出せる事はすぐにバイト講師に生意気いって揶揄って遊ぶクソ生意気な二人に進化していたという事だけだ。

当時まだ一般家庭にはそれほどパソコンが浸透していなかったが、私も黒崎も家にパソコンがあり、「ポストペット」というかわいいペットがメールを運んでくれるソフトをやっていた。
多分私が画面を印刷して持ち歩いていたんだと思う。
それで毎日メールのやりとりをするようになり、私は黒崎にポストペットの名前のまま「カルパッチョ」と呼ばれるようになった。

週に二回会うだけだった黒崎と私は、中学で同じ学校にあがると、自然と一緒にいるようになった。
地元のお祭りがあれば一緒に行ったし、自転車で隣駅まで行ってアニメイトで300円だけ買い物してマックでご飯を食べて帰るような、大親友だった。中二で私が体を壊して黒崎と同じ美術部に入ってからは加速した。
怒られることも沢山したし、怒られるときは大体いつも一緒だった。
深夜たまたま起きてテレビを見ていると、翌日黒崎も同じテレビを見ている、といった些細な偶然が沢山重なり、魂の片割れのように感じていた。

黒崎は私に「カルパッチョにしか言わないけど、女の子しか愛せないのを医者に言ったら、その年頃はそういうこともあるって言われちゃった」と吐露した。
まだ同性愛は商業二次創作BLアンソロジーでしか知らなかった私は「ほえ~そうなんじゃ~」としか返せなかった。

黒崎は両親が再婚同士でそれぞれ半分ずつ血のつながった兄姉がいると言っていた。
私の両親もマル子の両親も二人に会った事があるが、黒崎の両親には会った事がない。家にも一度も入れてもらわなかった。
親戚に漫画家がいて、売れてないからタタミが黄色を通り越して赤くフカフカになってたとか、その人の料理漫画が売れてコンビニでコラボカレーを出すほどになったあとに引っ越してたとか、そういう私の知らない世界の話がキラキラとまぶしく感じた。

中学を卒業するころ、私と黒崎は同じ人を好きになった。
お前 女の子しか愛せないのどこいったん というのは心に仕舞った。
二人ともそれぞれ同じ相手とメールのやり取りをしたりデートしたりして、その後二人ともフラれた。
「別にカルパッチョだったらあの人とつきあってもいいやと思ってた」
「私も黒崎だったら負けてもいいやって思ってた」
「でも二人ともフラれたな!」
「あいつ見る目なさすぎる!」
見る目があるからフったんじゃね?

私は黒崎に隠し事はなかったが、黒崎は自分がロリータファッション好きであることを私に黙っていた。
マル子は知っていた。マル子はパンク好きだった。
駅であった黒崎はいつもと違う恰好をしていた可愛かったし、なんで隠してたのか、さみしかった。
私も黒崎がしているのとは別のゴシックファッションを見るのが好きだったからだ。

別々の高校に入ってからも黒崎とは毎日連絡をとり、毎週遊んでいた。
黒崎と私と中学で同じ部活だったマル子の3人で出かける事が多かった。
マル子は私と黒崎に比べれば大人しい性格で、好き嫌いははっきりしているが流されるのを好むタイプだったので、二人から揶揄われることも多かったが、流されるのが楽しいと3人で仲良く、良くないことなどもして遊んだ。

普通の青春だったと思う。
買い物行ったり映画見に行ったりオタクの話をしたりゲームしたり、親に隠れて酒を飲んだり、3人で一緒にピアスをあけたり。

今思い出しても輝いた青春だった。

マル子は高校を「ガキの戯れにつきあってらんない」と中退した。早々に原付の免許をとったりして、「意外と行動的なとこあるよな」と思ったりした。

徐々に3人で会う頻度は減っていったが、見たい映画は大体同じだったし、好きなものの話も悪いことも、黒崎としたかった。
マル子は良くも悪くも私たちの事が大好きすぎてイエスマンだったので「行こ~」といえば他の約束より優先していつも一緒に居た。
先に働きだしたマル子がおごろうとしたが「それは違うでしょ」といつも割り勘にした。

3人だけじゃなくて中学の時仲良かった人も、高校はいってから仲良くなった人もぜんぶひっくるめてずっと仲良しで居たかった私は、学校外にサークルを作った。
お兄ちゃん研究会]の発足である。ラミカで会員証もつくった。
最大で男女合わせて10人が所属したその会で、会員の一人であるモリソンが黒崎の事が好きだというので仲を取り持ったりした。
いつものように「アニソン縛りでフリータイムオーラスで」の会を開いたとき、モリソンにラブソングを歌わせたあとに「今だ行け!!」と告白させ、OKさせた。
二人の初デートで何していいかわからないというモリソンに
じゃあ待ち合わせの30分前に花屋の前に来い」と金を持ってこさせて薔薇の花束をもたせて見送った。
陰に隠れてびっくりする黒崎を見ようと覗いていたのだが、花束を受け取った瞬間
カルパッチョ!!!!!!!」と黒崎が怒りながら絶叫していた。
ごめんて。顔出さずに逃げた。
後日花束をもったまま歩かなきゃいけなかった事をすごく怒られた。ごめんて。

高校を卒業すると私は専門学校に、黒崎はお嬢様系の女子短大に進学した。
私はクソ野郎につかまるし、黒崎は短大をやめてデリヘルをしていた。モリソンには「宝くじが当たった」と嘘をついていた。
金回りが良くなりすぎた黒崎は会うたび遊ぶお金を全額支払うようになり、可愛いといったものを買い与えてくれるようになった。
私は対等ではなくなってしまった気がして、その居心地が悪くて距離を置いた。
しばらくしてモリソンと黒崎が別れたと聞いた。そうだろうな、と思った。

それでも私は黒崎を親友だと思っていたし、黒崎もそのつもりだったので、成人式も一緒に行った。マル子は欠席した。
私も黒崎もかなり良い振袖を着ていたが、なぜか周りを圧倒してしまい、モーゼのように人の波が我々を自然と避けていた。読売新聞の写真コンテストのための写真を撮りに来ていたババアに「フレッシュさがないなぁ」というコメントを貰い二人でブチ切れていた。

その後の同窓会は中学の学年全300人中200人が集まるという大集合で、黒崎とは別の席にいた。

それからも黒崎とは大きなことがある度に報告し合っていた(クソ野郎と喧嘩したり親と喧嘩したりすれば話すのは黒崎だった)

私も就職して、黒崎もデリヘルをやめた。
20の時、自分のお金が使えるようになった私は晴れてゴシックファッションを一式そろえて普段着として着始めた。
ずっとロリータだった黒崎がうらやましかったので、同じになれたみたいですごくうれしかった。

就職した会社がブラックで、若干20歳で月30万稼ぐ代わりにメンタルがイカれてストレスで散財していた。
その日もお気に入りのショップで10万分の買い物をしてるとき、黒崎に「今BPNで買い物してるんだ~」と電話をしたら「私いま新しい彼氏の家にいる」と千葉のある駅を言った。
本当に運命ってあるんだな。と思った。

「うそでしょ!?私の今の彼氏もその駅に住んでるから、毎月行ってるよ!」
「今から会おうよ!」

私はウキウキで新しい服を持ったまま電車に乗った。
地元からその駅には1時間以上かかる。
電車の中で私は黒崎にいっぱいメールをした。
ハァハァ黒崎たんいまどんなパンツはいてるのぉ?
会うの楽しみすぎて気が狂いそう!キェ~~
黒崎たんペロペロォ~~
こんな気持ち悪いメールを多分30通くらい送ったと思う。
二人ともVIPPERだったのでキモがらみも慣れてると思ってた。

思ってるのは私だけだった。
「黒崎いまどこ?ついたよ?」
「駅前のドトールにいるけど、気づいたら連絡ちょうだい」
30分待っても3時間まっても、黒崎からの連絡はなかった。

夕方になり、私はドトールを後にして彼氏の家に行った。
「寝てたとかなら怒らないから無事かどうかだけでも連絡してね」
それから、黒崎からの連絡は今まで一度もない。

23くらいのとき、黒崎の高校の時の親友から私のサイト経由でPCにメールが来た。
「黒崎とケンカ別れしたままなんだけど、仲直りしたいから連絡とれないか聞いてほしい。」
高校の時1度あっただけだったヤス子からのメールに「やらせか?」と思った。
「黒崎にキモいメール送ってから一度も返事がこないから、私から連絡しても受信拒否とかしてるかもしれない。だから返事なかったらごめんね。あともし返事が来たら、生きてる事だけ知りたいから返事があったことだけ教えて」
と返信して黒崎に「ヤス子から仲直りしたいって私のPC宛てにメールがきた。私には返事しなくてもいいから」とメールを送ると、
後日
あさやさんありがとう。黒崎と連絡とれました」と返事があり、「生きてたんだな……」と知る事が出来た。

27のとき、「黒崎、私ほんとにキモいメールしたのずっと後悔してるんだけど、今度あの時の彼氏と結婚するから来てほしいよ」とメールした。

黒崎から返事はなかった。

マル子には「黒崎と連絡がとれないし、中学の同級生は他に呼ばないから、マル子席に知り合いいないのきびしい?」とマル子も乗り気じゃなかったので呼ばなかった。
マル子と黒崎は連絡を取り合っていたが、マル子からなんで黒崎が私を避け続けているか語られることはなかった。

わたしにはかつて親友がいた。

その後私は子供を授かり、マル子も同じ時期に出産したので、久しぶりに会う事にした。
あってなかった時間が嘘見たいに楽しかったのと同時に、この場にどうして黒崎が居ないんだろうと寂しかった。
黒崎も結婚して子供がいるらしい。まだ近くに住んでる。という事だけは知ったが、黒崎に嫌がられるだろうと思ってどこに住んでいるかは聞かなかった。

あんなに一緒だったのに。

一度無理になったら一生なんだろうか。
あまりにも趣味嗜好に行動が似ていて、自分と相手の境界線がなくなってしまったから、超えてはいけない壁に気づかずに壊してしまったのは私だ。
きっと私は死ぬまで黒崎とマル子とすごした輝ける青春を忘れないだろう。

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