見出し画像

小説のジャンルとは

 いらしてくださって、ありがとうございます。

 小説をさまざまな視点から区分する「ジャンル」という言葉がございます。
 よく耳にするのは「純文学」「エンターテインメント」という区分で、小説講座の亡き講師は「両者の区分はむずかしいけれど、あえて挙げるならば」と、作品を掲載する文芸誌を例にあげ説明してくださいました。

【純文学系】

 《文芸誌》(:主催する文学賞)
 「新潮」(新潮社)月刊:新潮新人賞
 「文學界」(文藝春秋)月刊:文學界新人賞
 「群像」(講談社)月刊:群像新人文学賞
 「すばる」(集英社)月刊:すばる文学賞
 「文藝」(河出書房新社)季刊:文藝賞
※ これら5誌は「五大文芸誌」とも呼ばれ、掲載された小説が芥川賞の候補になることが多い。

 → 純文学とは、ささやかな世の中の出来事などを通して思想、哲学、「人はいかに生きるべきか」といった問いを、芸術性の高い表現で描くもの。

【エンターテインメント系】(以下エンタメ系)

 《文芸誌》(:主催する文学賞)
 「小説新潮」(新潮社)月刊:女による女のためのR-18文学賞・日本ファンタジーノベル大賞
 「オール讀物」(文藝春秋)月刊:オール讀物歴史時代小説新人賞
 「小説現代」(講談社)月刊:小説現代長編新人賞
 「小説すばる」(集英社)月刊:小説すばる新人賞
 
 → エンタメ系は読者をとことん楽しませることを主眼に書かれる。


 ……といったことを今回どうして記事にしているかと申しますと、島本理生さんのお作品を検索していて、「こういうこともあるのか」と驚いたからでした。
 
 純文学の文学賞では芥川賞、エンタメ系では直木賞が有名ですが、島本理生さんは以下のように「両賞の候補」に「交互に」選出されつづけ、最終的には直木賞を受賞しておられます。

・『リトル・バイ・リトル』第128回芥川賞候補
・『生まれる森』第130回芥川賞候補
・『大きな熊が来る前に、おやすみ』第135回芥川賞候補
・『アンダスタンド・メイビー』第140回直木賞候補
・『夏の裁断』第153回芥川賞候補
・『ファーストラヴ』第159回直木賞受賞!

 もちろん、島本理生さんの「作風の時々の変化」ということもありましょうが、エンタメ性を備えた純文学作品、あるいは芸術性の高いエンタメ作品を書ける作家さま、ということなのでしょうね。

 ちなみに吉田修一さんは、2002年に『パレード』で山本周五郎賞(エンタメ系)を受賞し、同年に『パーク・ライフ』で芥川賞(純文学)を受賞されておられまして、こうした例をみるに、純文学とエンタメとの区分はまことに難しいと言えそうです。

 純文学・エンタメという区分のほかに、「時代小説」「歴史小説」「恋愛小説」「ミステリー」「ファンタジー」「SF」「ホラー」など、テーマや素材から小説を分類することもございます。

 ちなみに、時代小説と歴史小説の違いについて、『人生を豊かにする歴史・時代小説教室』(安部龍太郎・門井慶喜・畠中恵:文春新書)では、「歴史小説は、一般的にいうなら史実をひじょうに尊重して歴史の真実に近づこうという作品であるのに対して、時代小説というのは、史実とは関係なく、昔の時代を舞台や背景としてくり広げる小説」(安部龍太郎氏)とし、時代小説の代表的なものが「江戸の市井もの」(池波正太郎氏の『鬼平犯科帳』など)だと例示されていました。

 このほかに「ライトノベル」というジャンルもよく耳にします。
 こちら、かつては「中高生を対象に書かれた」エンタメ系小説とされていましたが、『ライトノベルを書きたい人の本』(榎本秋:成美堂出版)によれば、ライトノベルとは「キャッチーなキャラクター、ワクワクするストーリー、可愛い(カッコいい)イラストの三つを武器とする小説群」とされ、いまや社会人にも強く支持されている、と説明されています。

 
 これらのジャンル、「この作品はこれ」とあてはめることは難しく。判断基準は人それぞれでもありますし、そも、読むだけなら区分する必要もないのですけれど、文学賞の公募では「ジャンルを指定」しているものもございます。
 株式会社KADOKAWAさまが主催する『横溝正史ミステリ&ホラー大賞』は、「エンタテインメント性にあふれたミステリ小説またはホラー小説」というジャンル指定。新潮社さまが主催する『日本ファンタジーノベル大賞』ファンタジー小説を募集というような。
 ここにそうした要素がない、たとえば昭和のホームドラマや恋愛コメディ作品を応募しても、おそらく結果は出ないでしょう。

 小説公募にこれから挑戦しようという方にぜひともオススメしたい、小説の書き方指南本『懸賞小説神髄』(齋藤とみたか:洋泉社)では、「下読みネタバレ座談会」のなかで以下のような記述がございました。

(著者)──下読みをしていて、この作品は他の新人賞に応募したほうがいいのになと思うことはありますか?

Sさん(編集者)「そういうミスマッチは多いですね。少なくとも自分の作品が純文学か、ミステリーか、エンターテインメント小説かを見極めて、応募先を選んでほしいと思います」

Nさん(編集者)「おそらく応募する方は、作品が書き上がった時点で、締め切りがいちばん近い新人賞を選んでいるんじゃないでしょうか。小説を書き上げるというのは大変な作業ですから、すごくもったいないです」

『懸賞小説神髄』齋藤とみたか:洋泉社より引用

 
 同書では、自分が書いた作品をどの新人賞に送ればいいかを知る方法として、歴代の受賞作家の名前を見る直木賞と芥川賞の受賞作家がデビューした新人賞をチェックする、などの方法をあげておられます。
(個人的には文学賞の選考委員の作家さまのお名前からも、新人賞のジャンルを推し量ることができるかと)

 ちなみに市川沙央さんは、20代のころから約20年間ライトノベルやSF、ファンタジーなどエンタメ系の公募に挑戦しながら結果が出ず、2023年に『ハンチバック』で「文學界新人賞」(純文学系の公募)に初挑戦して受賞、さらには芥川賞も受賞されましたが、こちらも公募のジャンルを「最初から純文学系に絞って」いればデビューはずっと早かった事例、になるのやもしれませぬ。

 
 せっかく書き上げた小説で公募にチャレンジするからには、ジャンルのカテゴリーエラーはあまりに勿体なく。どの賞に応募するかは、よくよく吟味をしたいものです(その前に私はまず、最後まで書きあげねばなりませぬ)。

 
 かつての小説講座のお仲間に、キラリと光る表現をされる方々がいらして、その作品はいつも「簡単には説明できない内容」、つまり、わかりにくいものでもありました。
 エンタメ系のサクサク読み進められるような文章ではなく、どういう意味なんだろうと考えながら読まねばならない文章に、ほかでは見ないような表現がなされた一語一行が混ざっている。
 音楽にたとえていうなら、ゆずさんではなく、スピッツさんやラッドウィンプスさんや米津さんのような歌詞の感じ、と申しましょうか。
 あれこそが純文学系の文章で、私には到底書けないものでありました。

 純文学系の文章は、個人的には「書こうと思って書けるものではない」(努力でなんとかなるものではなさそうだ)と思っています。
 たくさんの書物、とくに純文学作品をたくさんたくさん読んで、自分のなかで時間をかけて考えながら、吸収した言葉たちを発酵させる。そうやって結実し磨かれた珠が、あるとき思わずこぼれ落ちる……そんな執筆体験をなさる方が純文学の書き手さまだと思うのです。
 noteでお見かけするそうした方々の文章に、私はとても魅かれるのでした。
 

・・・・・

 最後までお読みくださり、ありがとうございます。

 師走に入ってから、日々の過ぎ往きが加速しているように感じます。やらねばならぬあれやこれやが終らぬうちに、年の瀬を迎えてしまいそうな。

 みなさまには穏やかなよき日々をお過ごしになれますように(´ー`)ノ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?