涙が止まらない日のシフォンケーキ
「最近お父さんにむかついたことがあって」
と愚痴をいうとソファーに座る母が
「お母さん,お父さんにむかつくことに関してはプロだから聞かせてみ!」と笑う。
それを聞いて姉も笑い,父はハラハラした顔でこちらを見る。兄は携帯を見たまま。
いつもの家族。あたたかな家。私は続ける
「こないだお寺で会議があったときにさ.....
......あれ?
なんでこの話お母さん知らないんだろう。
なんで先週いなかったんだっけ。
そうだ癌で入院してたんだ。
お母さんいつから元気に話せるようになったっけ?そもそも退院したっけ?
いやまだ寝たきりじゃなかったっけ?
あ
あ,これ夢か。
と気がついて目が覚めた。
パッと時計を見ると時刻は9時。
やばい,完全に寝坊した。
ベッドの横に置いてあるスマホが通知で光った。
「今日もお母さんと連絡が取れません」と父。
「私も繋がらない」と姉。
母の調子は相変わらず良くないらしい。
夢で見た存在しない家族の情景を思い出して涙が出てきた。夢の中の母の描写はやけにリアルで、まだ耳に声が残っている。最近すこし遠のいていた、母親が死ぬかもしれないという恐怖が再起される。
頭がいたい。今日はだめな日かもと思った。
誰も家にいないので,お寺の鍵を開けにいく。
ガラガラっと本堂の扉を開けると外は曇っていて少し肌寒かった。薄暗い本堂の中,なんとなく本尊様に手をあわせる。願い事をする相手ではないと知りながらもつい救いを求めてしまう。
家に戻り,昨夜飲みっぱなしにしていたビールの缶を片付けているとピンポーンとチャイムがなった。
やばい!鏡を見るとボサボサ頭で涙目,鼻水ぐずぐずの私。ええい、わんちゃん花粉症ってことでどうにかなるかな.......と思いつつマスクをつけてバタバタと玄関へ走る。
はーい!と言うが返事がない。
お客さんはすでに少し遠くまで歩いて行ってしまっていて、玄関には立派なたけのこが4つ立てかけてあった。
「すみません!ありがとうございます!」と叫びひとり頭を下げた。
やらかした。このままじゃダメだと思った。
気分を変えるためにシフォンケーキを作ることにした。
母とよく作っていたシフォンケーキ。
そのレシピは戸棚の中の年季の入った「栗原さんちのおやつの本」に収録されている。
卵を6つ,グラニュー糖と小麦粉と,サラダ油とベーキングパウダー。材料は案外少ない。
レシピに沿ってハンドミキサーで材料を混ぜる。卵白はツノがたつまで混ぜる。
小さい頃このまっしろなメレンゲが好きで、指ですくって盗み食いしてよく怒られた。でももう大人なのでそんなことはしない。お行儀よくかつ大胆にスプーンですくって盗み食い。相変わらず美味しい。一瞬このまま全部食べちゃおうかな?と思ったけどやめて,卵黄と卵白をさっくりと混ぜ,ケーキの型にドドドと流し込む。とんとんと型を落として空気を抜き,オーブンへ。180℃で45分。
ケーキが焼けるまで洗濯物を回したり,電話対応をしたりして待っていた。オーブンからいい匂いが漂い始めた頃、雨がふりはじめた。ええ、洗濯物干せないじゃんと思っていると、ピーー!とブザーがなった。
焼き上がった!
手袋をはめてオーブンからケーキを取り出す。甘い匂いがあたりに漂い、寝ている愛犬が鼻をピクピクさせる。
あつあつの型をひっくり返して粗熱が取れるまで冷ます。
粗熱が取れたケーキを包丁でくり抜いてお皿の上に取り出す。
ででん!
なかなかうまくできたのではないでしょうか。
誰もいないし、やっちゃえ日産。
あたたかいシフォンケーキを手掴みでぱくっとたべる。
口に入れた瞬間しゅわしゅわ ふわふわと優しい甘さがわーっと広がる。
はーーー。口がしあわせ。おいしい。
外を見ると雨があがっていて、新緑の庭がきらきら光ってみえた。うん。気分がいい。
よし、筍の処理をしようかな。
早ければ早いほどアクがよく抜けて美味しいと言うけれど、あれ意外と大変なんだよなあ。
なんて、今日もこうしてだましだましやってゆく。
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