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おやきと甘い豆/体が地元を覚えている

僕は27年前の5月に長野で生まれた。

幼稚園に入る前に父親の転勤で引っ越したので、ハッキリとした記憶があるわけではない。その後も社宅の取り壊しや大学・大学院への通学に合わせて引っ越しを繰り返し、同じ場所に長期間住み続けた経験がほとんどない。

親戚も電車で2時間あれば行ける範囲に住んでいるので、妙に聞こえるかもしれないのだが、「実家に帰る」とか「帰省する」というイベントに対する憧れみたいな感情がある。

たまに長野に行く機会があるたびに、なんとなく良いなぁという気持ちになるのだけど、その正体がつかめずにいた。覚えてもないのに好きと言いたいだけなのかと思うこともあり、長野出身ですと言うことにモヤモヤを感じたりもしていた。


人生で5度目の引っ越しを経て、社会人として都内で一人暮らしを始めて半年が経った。家賃を払うのはちょっと大変だが、徒歩圏内に商店街や銭湯があってなかなか気に入っている。

そんな折、知り合いが長野でイベントをやることを知った。よく調べてみると、僕の生まれた場所にほど近い。もともと気になっていたイベントだったことと、自分のルーツを探してみたい気持ちとが重なり、思い切って高速バスのチケットを予約した。

池袋から長野駅までバスで移動後、長野鉄道でたどり着いた善光寺下駅。


やってこ!五穀豊穣マーケット

訪れたのは「やってこ!五穀豊穣マーケット」。以前ライターの仕事でお世話になった徳谷柿次郎さんらが切り盛りする「やってこ!シンカイ」でのバザー的なイベントだ。

昼過ぎについた頃には人でごった返しており、着くや否や「何円持ってる!?」と新手のゆすりを受け(笑)、そのままお買い上げコースになだれ込んだ。

燕三条から出店のFACTORY FRONTでは手の込んだ食器を金属加工品をもいくつも見せてもらう。酸化被膜の厚みで色が変わるカトラリーに目を奪われ、カレーを食べるなら何色ですかね?と伝えると、なんとカレー専用のスプーンが出てきた。

カレーの具材を割く「SAKU」とスプーン上でカレーとライスが黄金比になるという(?)「CARRY」の二種類。隣にいた方の「これ聞いたら買っちゃうよね〜」みたいな声に後押しされて、SAKUを購入した。

スプーンの上にあるのは群馬県で絶滅危惧種となっている「やまちゃん毛笛」。通報されるくらいの音が鳴るんですよ!と言われ流石に...と侮っていたら、風船に少し空気を入れただけでもヴォォオォ!!と爆音が上がった。なんだこのオーパーツ。

上松町で地域おこし協力隊や木工学校の卒業生が定着するための仕組みづくりにも取り組むBACK YARD craft&furnitureさんからは、一輪挿しを購入。年輪の内側から外に向かって色が変わっていくデザインが美しい。


幼き自分のルーツを辿る

シンカイを後にして、善光寺近辺の散策を始める。うっすら覚えている「お店でおやきを食べていた」という記憶を追うべく母親に連絡を取ると、

というバッチリの答えが返ってきた。生まれた病院は長野駅に向かう高速バスの中から遠くの方にチラリと見えた。

そしてたどり着いた小川の庄。記憶は曖昧だけど、囲炉裏のある店内の風景はどこか懐かしい気がする。それよりも、おやきのラインナップとフォントにはハッキリと覚えがある!ここで注文しないわけにはいくまい。

店内で頼むといい具合に温めてもらい、優しい味の味噌汁も飲むことができる。今は昔と違って可処分所得があるので、止むを得ず4つも食べてしまった。野沢菜・なす・きのこ・りんごのどれも美味しくてたまらない。。


味覚は早期に鍛えられている

店内を見渡すと、甘く煮込んだ豆や漬物なども売られていた。僕は昔から甘く煮た豆が大好きなのだが、もしかして初めての出会いはこの試食ゾーンだったのではないか。

しばらく坂を上るとこれまた見覚えのある風景が。ガラスに囲まれてそばを打つ職人の姿を見上げていたのを覚えている。おなかは膨れていたが、過去の足跡を求めて店内に入る。

調べてみると、かどの大丸は300余年の歴史を持つ店舗のようだ。注文した更科そばはとっても美味しかったのだけど、ついでに頼んだ野沢菜の漬物のシャキシャキでギュっとした食感が懐かしくてたまらなかった。

ほかにも善光寺周辺には漬物や佃煮を売っているお店が多く、僕はこういう飯のお供が大好きだ。どうやら僕の味覚はこのあたりで訓練されたのだろうと確信に至った。脳みそは覚えてなくても、体が覚えているらしい。


体に馴染む街並み

散策を続けると、周辺の風景がいやに落ち着くことにも気がついた。

ビルに埋め尽くされてはいないが、スカスカなわけでもない。道は舗装されて空は抜けていて、遠くには山並みも見える。

なんとなく自分が好きな街並みとの共通点がとても多いのだ。これも実は順番が逆で、小さい頃によく見た風景だから今も落ち着くのだろう。

この辺りは散歩の定番コースだったらしく、親しさに納得がいった。



今回の旅を経て、自分の記憶が身体レベルで思い起こされたことに、なんだかとても安心した。

引っ越しや電車通学の多さ、特徴のないベッドタウン住まいなどを経て、地元愛みたいなものを感じたことが少なく、根無し草のような不安さを持っていたんだと思う。

帰るべき場所とまではいかないけれど、自分の生きた証左が見つかったことに安心したのかもしれない。引っ越しをしても生活環境が変わっても、自分を形成した場所がそこにあることを思うと、なんだかほっとするのだ。


楽しいことは増えていく

とはいえ長野に戻るわけでもないし、今すぐ生活を大きく変えるつもりもない。でも、大人になってから新しく見えるものもたくさんあって、また訪れたいという気持ちがとても強くなった。

古本屋「遊歴書房」
部屋の壁面をぐるっと覆い尽くす圧巻の本棚。

善光寺通りでやっていた大道芸的なもの
Queenの曲に合わせてフレディっぽい人が舞うノンジャンル活劇。

長野駅にほど近い銭湯「アルプス温泉」
建物の入口から男女に分かれている古風さと、シンプルな造りが良い。

旅の終わりに訪れた居酒屋「なから」
0~2歳の僕よ、ビールって旨いんだぞ。

地元をなんとかしたいとか、大好きでたまらないとか、そういう強い気持ちではないのだけど。

自分が育った落ち着く場所があって、これからもそこで好きなことが増やしていけそうなことが、じんわりと幸せに感じられた旅行だった。

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