アサノ紫

いつか文章を書く仕事をしてみたいです。

アサノ紫

いつか文章を書く仕事をしてみたいです。

マガジン

最近の記事

    • 夜の彼岸

      「水族館、行きたかったね」 「うん」 「そのまま中華街行くつもりだったんだ」 「そっか」 「『goat letters』の新譜も一緒に聞きたかった」 「そうだね」 「ライブも————」 「じゃあなんでっ、今こんなことになってるの!」 「仕方なかったんだ。  ついてなかったとしか————。  それは、ユキも知ってるだろ」 ———————————— 頬を伝う涙で、私は目を覚ます。  またあの夢を見ていた。  カーテンの裏からタッタッタッというバイクの排気音が聞こえる。  時計

      • 「海をあげる」「宝島」

        ソーキそばが好きで、 オリオンビールも好きで、 ウチナーグチ(沖縄方言)も、 その抑揚も好きで、 島唄も、三振の音色も好きで、 カチャーシーも好きで、ミンサーが好きで マングローブもさとうきび畑も、 亜熱帯を生きる動植物も、 色とりどりの魚たちも、 ウミガメも珊瑚礁も好きで、 細く閉じられた、おばあの目尻に刻まれた深いシワも好きで、 自然に育まれた奔放な若者たちも、 そのよく焼けた肌から覗く白い歯も好きで、 寄せる波に溶けていきそうな白い砂浜に、 ざくりと足を埋めて見る澄みき

        • ビールとコロナと墓参り

          「そういえば、そろそろ盆の時期だけど、たまには墓掃除とかしてやってな。去年俺一人でやっておいたけど」 滅多に連絡を寄越さない兄からのLINEを受け取ったのは、コロナと長引く梅雨の影響で全くと言っていいほど外出する機会のなくなった7月の初めだった。 埼玉にある、かつて私たち家族が住んでいた地方のお彼岸は新盆といって7月の15日を中心に行われている。 去年俺一人でやっておいたけど————。 俺の代わりに頼めるか、とでも言えば良いものを、「お前は知らないだろうけど、いつもは俺は

        マガジン

        • 短編小説
          2本
        • エッセイ
          1本

        記事

          【書評】「彼方の友へ」伊吹有喜

          彼方の友へ この本はきっと映画化もしくはドラマ化されると思う。まるで朝ドラを見ているかのような作品だった。 戦前戦中を時代に翻弄されながらも、雑誌作りに情熱を注ぐ少女と彼女を取り巻く魅力的な大人たち。 荒波の中で成長し、芽生える友情や愛情の物語。 モノひとつ、言葉ひとつが今よりもずっと尊くて儚くて、そして濃い。 人間の生死さえもガラスのように繊細で脆い時代。だからこそ生を謳歌する人々が気高く、眩しく見える。 物質的、経済的豊かさを享受し、恋愛も友情もネットさえあればあらゆ

          【書評】「彼方の友へ」伊吹有喜

          シンクロ

           「またか–––」私は小さく呟いて、唇を噛んだ。  父が右手首を怪我して帰ってきたのだ。  帰りの電車でドアの近くに立っていた父は、急カーブで車内が揺れると、とっさにドアに手をついた。混雑した車内は重心が外側に傾き、父の方に人が雪崩のように覆いかぶさった。その時、ドアについた右手に重なり合った乗客の体重が思いきり乗ったのだという。  「いや、折れてなくてよかったよ」  苦笑する父の右手は、関節から手の甲にかけて不自然に膨れ上がっていた。  誰に診てもらったわけでもないのに、折

          シンクロ