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【短編小説】黒ネコ・カールの大冒険

 深夜に友人から携帯電話がかかってきた。

「いま、ネットを見ていたら、カールが舞台化されるんだって」

友人の声は上ずっていた。

「ホントか。じゃあ、一緒に見にいこう」

そんな情報はメールでもよかったんじゃないか、と一瞬思ったものの、話をしているうちに喜んでいる自分がいた。

子供の頃のテレビアニメ「黒ネコ・カールの大冒険」は大好きで毎週欠かさず見ていた。

 平和な町・キャットタウンに悪魔の化身・デスダークが突然現れる。そして町を滅茶苦茶に荒らしまわって去っていく。キャットタウンを救うため、住民のネコたちが話し合う。そして、黒ネコ・カールがリーダーとなり仲間と共に、デスダークとの戦いに立ち上がる。戦いに向かう途中、仲間どうしのケンカや、海が大きく荒れて遭難しそうになったりとハラハラの連続。それでも最後はデスダークを打ち倒すというストーリー。当時の子供たちには大人気のテレビアニメだった。

 数年前にそのアニメが映画化されたとき、すぐに映画館へ行った。かなりの人気だったことを覚えている。今回は、その作品がついに舞台化される。マスコミでも大きく取り上げられていた。カール好きの私と友人はどんな内容になるのかと楽しみにしていた。

 そして迎えた舞台公演初日。友人と二人で劇場に足を運んだ。

 ところがである。その舞台はまったくの期待外れだった。よく人気のアニメを実写化するとガッカリしたということはよくある話。原作と世界観があまりにも違いすぎて面白くなかった。舞台監督や演出家の個性が強く出過ぎていたのだろう。私は友人と無言で劇場を後にした。これは私だけの感想かと思っていたが、劇場を出てくる人たちから聞こえてくる声も私とほぼ同じ。みな首を捻っていた。

 私は友人と帰りに居酒屋で飲みながら

「あれは、無いよな。デスダークの演技もイマイチだった」

 今日の舞台について不満や悪口をさんざん言い合い、深夜に帰宅した。

 少々飲みすぎたのか、つまらない舞台のせいなのか、なかなか寝付けなかった。ようやく夜明け近くになって少しまどろんだ。

 すると「アキラ君、アキラ君」と私の名前を耳元で呼ぶ声がする。えっと思い目を開けると、そこには、あの「黒ネコ・カール」が立っていた。アニメ版の「カール」だ。舞台で見た「カール」ではない。私は驚いてウソか思い頬をたたいてみたが痛かった。すぐさまベッドから飛び起きた。

「アキラ君、いまからデスダークを倒しに行こう。君もぼくたちの仲間なら、一緒にきてくれるね」

カールは力強く話す。

「あ、はい。一緒にいきます」

私はさっぱり意味がわからないけれどもとりあえず返事をした。

「じゃあ、いまから出発だ」

 カールは私の手を掴むと仲間のネコたちと共に、デスダークを倒しに向かった。戦いの現場に到着すると、私は少し離れたところで見ていただけだった。カールたちは見事にデスダークを打ち倒し、いっしょに町へ帰ってきた。

別れ際にカールは

「もし今度戦うときがあったら、次もぜひ一緒にきてほしい」

といわれ

「もちろんです」

と私はカールと固い握手をした。握手というよりもカールはネコなので、私がカールの手をギュッと握った。

 翌日は清々しい爽やかな目覚めだったが、なぜか私の手にはカールの手の感触がまだ残っていた。


 寝室を出ると居間のテレビで臨時ニュースを放送していた。何事かと思っていたら、舞台版「黒ネコ・カールの大冒険」の演出家とデスダーク役の俳優が脱税容疑で逮捕されていた。                                    (了)

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