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Rambling Noise Vol.77 「ONE FROM THE HEART その7」

こんな居所に、一体どんな郷土愛を示せと言うのか。
というワケだからして、アサノさんは早く東京へ行きたかったのだった。ただひたすら高校生活の終焉を願うばかりであった。

不満を胸に、悶々としながらも、日々心掛けていたのは、本当に大事なものを失くしてはならないという想いだった。
かけがえのないもの。
何を信じ、何を愛するのか。

大仰に言えばイデオロギー、アイデンティティだ。


常に自分のしたいことを否定してくる大の大人達。
あれが欲しいと言えばまだ早い、そんなものは必要無い。
やりたいことが有るんだけどと言えば、そんなことより勉強しろ。
体制とは憎むべきものだった。
そんなモンに負けるワケにはいかない。規格外品とレッテルを貼られる方がマシだ。

アサノさんにとっては、そんな大人の代表格、最大勢力の対敵と言えるお父ちゃんが、何故に突然にこんなことをほざいたのか。

「そんなに興味が有るなら、石原プロに紹介してやろうか」

これは一体どういうことだ?
さっぱりワケが判からなかった。
何を言ってるんだ、このとっつぁんは? (あ、因みに、アニメ『ルパン三世』で、銭形を最初にとっつぁん呼ばわりしたのは次元 大介なんだよ)

断っておくと、アサノさんのお父ちゃんはカミナリ親父だった。そしてかなりのワンマン父ちゃんであった。

「出されたオカズに、味がどうとか文句を言うな、黙って食え」

「口答えするな」

「お母ちゃんは何も出来ねえからな」

と、アサノさんに限らず誰にでもとやかくやかましい。そしてやたら殴る。恐怖のスパルタ父ちゃんだ。

さらに言えば理不尽でもある。人に注意したことを自分では平気でやる。
おいおい子供はダメでも大人は良いのかよ。
矛盾のカタマリが一丁上がりという寸法である。

そんな尊敬からは程遠い眼差しで見ていたお父ちゃんからの、石原プロ云々の発言に対する、アサノさんの回答が実にそっけないものになるのも道理と言うもの。
たった一言。

「別に・・・」

日常的に指呼の間にありながらも、その頃はもうすっかりまともに口を利くのも億劫だったお父ちゃんに対して、その時のアサノさんにこれ以上の言葉を発するのは大仕事だったのだ。
だから、お父ちゃんにそんな伝手が本当に有ったのかどうか、実のところはアサノさんには判らない。

戦後間もなく、食いっぱぐれのない職業として警官を選び、所帯を持って家も持って、やがて子を儲けた後には、その子供たちの為と思ったらしいが、転勤を嫌って県の自動車運転免許センターの試験官に転属したアサノさんのお父ちゃんは、内ヅラは完全無欠なオレオレ父ちゃんだったのに対して、(まぁ、後から考えれば良いことだと思うが)外ヅラは良かったらしく、結構周囲から「先生、センセイ」と慕われてもいた様だ。交際範囲も存外に広く、芸術関係の知人とも定期不定期に交流があったと記憶している。本人としては案外本気で言っていたのかもしれない。

(続く)

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