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高専進学を勧められたときに考えるべきこと

日本では中学校を卒業すると大多数が高校に進学しますが、ごく一部は高等専門学校、いわゆる高専に進学します。2023年現在、全国の中学校卒業者数が約110万人なのに対し、高専の入学者は毎年1万人余りなので、中学校卒業者の約100人に1人が高専に進学すると見積もってよいでしょう。

もっとも、高専進学に対する意識には地域差があります。私が約20年前に卒業した田舎県の公立中学校からは、割と近所に高専があったからか、クラスに2~3人は高専に進学していました。「高専卒業者の就職率はほぼ100%」という宣伝文句もよく聞き、勧めてくる大人も多かったと記憶しています。というか、私は中学生のときに、高専卒の父からしきりに高専進学を勧められました。
私は結局勧誘を振り切って公立高校の普通科に進学しましたが、もしかすると当時の私のように、今まさに高専を勧められて「どうしよう…?」と悩んでいる中学生が全国のそこかしこにいるのではないかと思い立ちました。この記事では、そんな中学生に考えてほしいことを書いておきたいと思います。

高専は"専門的な"学校

学校教育法によれば、高等専門学校は「深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的とした」学校です。原則として中学校卒業者を入学対象としていて、修業年限は5年(商船学科は5年半)、卒業すると準学士(短大卒相当)になります。
高専の多くは工業を専門に教えています(商船や経営を専門とするところもあります)。高専は全国に50校超あり、埼玉県・神奈川県・山梨県を除く都道府県に設置されていますが、寮を持つところも多いので、出身県以外の高専に通う人も大勢います。

高専という学校が生まれたのは1962年(昭和37年)です。当時の日本は高度経済成長期で、とくに重化学工業が発展していました。重化学工業を支える技術者(エンジニア)を数多く、かつ素早く増やすために、産業界の要請に基づいて登場したのが高専だったのです。エンジニアを求める企業から「作って!」と言われて作ったのが高専ですから、当然そうした企業への就職は有利です。5年の修業年限で大卒並みの専門力を身に付けており、それでいて短大卒相当の初任給で雇える高専卒は、企業からすれば"お買い得"な人材だと言えます。

高専の特長は、中学校卒業後の5年間で大卒並みの専門力を身に付けさせることです。高校+大学では7年間かかるのを5年間に凝縮するために、早期から専門に特化した教育を行います。工学であれば、1年生から工学に関する専門科目が始まり、数学と理科の授業が多くなります。その分、国語や社会の授業は少なめです。高学年になると大学の工学部と同レベルの専門科目を受け、5年生には卒業研究をします。こうして、高専を卒業するころには大学の工学部卒と遜色ないエンジニアになれるという寸法です。

高専のカリキュラムは、特定の専門を追求したい人にとっては効率的です。裏を返すと、専門を限定したくない人にとっては非効率です。高校の普通科に進学する場合、専門を決めるのは大学等に進学するときです。一方、高専に進学する場合は、それが3年前倒しになることに注意しなければなりません。
ここで言う「専門を決める」とは、文系か理系か?というざっくりしたものではなく、理系の中でも工学、工学の中でもさらに機械なのか電気なのか情報なのか…という細かいものです。最近は1年生では学科を分けない高専も出てきましたが、それでも入学した時点で工学に限定されることは確かです。「理系科目が好きだから」という理由だけで高専を選ぶのはやめましょう。理系は工学だけではありません。大学の理系学部には工学部だけでなく理学部・農学部・医学部・薬学部など様々なものがあります。大学に編入することで専門を変えることも不可能ではないですが、5年間を本当に高専で学ぶ特定の専門に決めてよいのか、一度立ち止まってよく考えましょう。

就職率は確かにほぼ100%ですが

高専の就職率が高いことは有名です。しかも就職先に大手メーカーが多く、その多くに学校推薦で内定が出るので、いわゆる文系大学生がするような就活らしい就活をしなくても済みます。

もっとも、学校推薦で内定が出る仕組み自体は、高専だけでなく大学の工学部や工業高校にもあります。つまり高専が就職に強いというよりは、工学が就職に強いと表現した方がより正確です。なお、工学の中でも就職の強さに濃淡があり、いわゆる機電系(機械系・電気系・電子系)がとくに強いとされています。

ただし、高専卒として就職する場合、大卒より給料が低いことがよくあります。2020年に文部科学大臣が「高専卒給与を大卒並みに」と産業界に要望したというニュースが出ましたが、これが意味することは、現状では大卒並みの給与になっていないということです。

就職後の配属に、高専卒特有の傾向があることも知られています。たとえばメーカーの場合、高専卒は開発部門よりも製造部門に配属されることがよくあります。開発部門に配属されたい場合は大卒、もっと言うと大学院卒の方が有利というのが定説です。

そもそも、将来エンジニアとして就職する気があるのかということをまず考えたほうがよいでしょう。大卒ならばたとえ工学部卒であっても、いわゆる文系大学生と同様の就活をして商社や金融業界などに就職する人がそこそこの規模でいます。せっかくの学校推薦を使わずに就活をする工学部生が散見されるのにはそれなりの理由があります(給料・勤務地・興味関心など…)。エンジニアにならないという選択肢も選べるのは大卒の強みです。
高専はエンジニアになりたい人のための学校だということを忘れないでください。

大学編入すればいい?

学校によって多少バラツキがありますが、高専の卒業者の約6割は高専卒として就職し、約4割は進学します。進学は大きく分けて、高専専攻科と大学編入の2パターンがあります。高専専攻科に進学すると、卒業した高専に残ってさらに2年間教育を受けることになり、修了すれば大卒と同じ「学士」の学位が得られます。大学編入は、大学3年生(一部は実質2年生)に編入学(途中学年から入学)できるというものです。

高専卒は大卒よりも給料が低い傾向があるという話をしましたが、進学して大卒(扱い)になればその問題はクリアできます。また、高専から大学編入する人の多く国立大学への編入です。たとえ進学校からであっても国立大学に進学するのは簡単ではないですから、「高専の方が進学校よりも国立大学に進学しやすい?」と考える人がいても不思議ではないでしょう。

前提として、編入学を受け入れている大学・学部には限りがあります。たとえば東京大学で編入学を受け入れているのは工学部だけです。高専卒業者を対象とした大学編入は工学部が圧倒的に多く、次いで理学部。農学部や経済学部も無くはないですが、医学部は見当たりませんでした。
なぜ高専卒業者が大学に編入学できるかというと、高専の授業で取得した単位の一部が大学でも認定されるからです。高専では大学の工学部と同レベルの専門科目を受けるという話をしましたが、高専から工学部に進学するなら認定される科目が多いゆえに大学に2年間通うだけで済むが、他の学部だと同じようにはいかないのです。
このため、高専の工業系の学科を卒業したが専門を大きく変えたい場合は、一般的な大学入試(学部入試)を受けて大学1年生になる必要があります。高専の3年生を終えると大学入試の受験資格が得られますが、高専のカリキュラムは一般的な大学入試に特化したものではないので、高校の普通科に在籍していた人より不利であることは否めません。

高専卒業者を対象にした大学編入学試験は毎年夏ごろに実施されることが多いです。試験日が違えば複数の大学を受験でき、国立大学を3校、4校併願することもできます。募集定員は学部学科単位で見ると若干名~十数名程度と少ないですが、そもそも受験者が少ないので、一般的な大学入試と倍率は大差ありません。入試科目は工学の専門科目や数学、理科、英語が一般的です。ただし英語はTOEICなどの外部試験のスコアを使うことがよくあります。

高専からの大学編入のメリットは、高専で学んだことが直接活かせることです。入試科目が高専出身者向けになっていますし、高専での成績を評価する大学も多いので、高専の中でがんばっていれば報われやすいです。
裏を返せば、高専の中でがんばれないと厳しいです。一般的な大学入試であれば塾や予備校、参考書といった外部リソースが充実していて、学校に頼らずどうにかできる余地があります(お金は必要ですが!)。高専からの大学編入は規模が小さいゆえにそうした外部リソースが乏しいので、独学頼りになりがちです。
また、理系科目を捨てることができません。高校の普通科であれば高1の数学でつまづいても、高2以降で数学の授業が少ない文系クラスを選べますし、受験科目に数学がない私立大学の文系学部を受験して、いわゆる難関大学にも進学するチャンスがあります。一方、高専で数学につまづくと、大学編入が難しくなるばかりでなく、そもそも卒業できないリスクがあります。

高専からの大学編入で国立大学に進学できる人は、高校の普通科の理系クラスからでも国立大学に進学できるような人だと私は思います。

本当に留年が多発する!

高専は留年が多いです。進学校とよばれる高校の10倍くらいは留年しやすいと考えてください。私の父が高専を卒業したときは、入学時に40人いた同級生でストレートで(一度も留年せずに)卒業できたのは28人だったと言っていました。3割はどこかで留年・退学したということです。ぜひ身近な高専出身者にこの話をしてみてください。決して大げさではないという返事がくるはずです。

高専で留年が多発するのは、高専の進級条件が高校よりも厳しいからです。高専の赤点は60点未満と高く、この基準はJABEE(日本技術者教育認定機構)という組織によってすべての高専で厳格に定められています。高校だと赤点は概ね30点未満で、何やかやで救済措置が豊富なので留年しづらいのですが、高専は本当に容赦なく留年させます。なお、同じ学年で2回留年すると退学になるのが一般的です。

高専を留年する三大要因は、

  1. 数学が苦手

  2. タスクを後回しにしてしまう

  3. 専門への興味を失ってしまった

です。数学の苦手が克服できない人は高専に進学してはいけません。高専で学ぶ数学は大学レベルにも差し掛かっている上、工学の専門科目の多くで数学力が要求されます。
高専も数学が苦手な人が合格できないように、入学試験のうち数学の問題を意図的に難しくしています。私が思うに、以下のリンク先にある過去問で60点以上が取れないようだと、高専進学後に数学で苦労するのは目に見えています。最近は高専の人気が低下傾向なので、数学が60点未満でも受かってしまうことがあるようですが…。

また、高専は自由な校風とよく言われますが、言い換えると強制力が弱いということです。自分から課題や試験対策に取り組めない人は落ちこぼれてしまうので、塾などで言われるがままに勉強してようやく合格した、というタイプの人はとくに注意したいです。
高専は特定の専門に特化した教育機関であるため、専門への興味を失ってしまうと学修に身が入らず、留年が近づきます。これはどんな専門に進んでも同じことです。今の日本でなぜ普通科の高校を希望する生徒が最多なのかと言えば、15歳時点で特定の専門に興味を持っている人は少なく、また興味が移り変わったとしてもリカバリーが効きやすいからです。大人たちはよく「将来の夢を持ちなさい」と言いますが、15歳時点で将来の夢がなくても不思議なことではないことも分かっています。まだ専門を選ぶのがピンと来ない人が、あえて高専を選ばなくてもいいのです。

大事なのは自分で選ぶこと

「学費が安く済むから」と高専を勧める人がいます。確かに国立高専の学費は年間234,600円(2023年度)で、公立高校よりは高いものの、公立高校+大学4年間よりは安く付きます。高専卒で就職してくれればそれでよいし、大学編入する場合でも国立ならまだ安い。高専に進学したら親孝行だと言われるかもしれませんね。

でも、結局は自分のやりたいことをやれているかが一番大切なのです。とくにエンジニアのような専門性が高い仕事ほど、好きでやっている人が一番強い。自分が選んだ道が「合わなかった」となっても回り道をするのは納得できても、人に選ばされた道で「合わなかった」となるのはしんどいですよ。

高専卒の父は私たち4人の子供を養っていて、長子である私が高専に行ったら正直楽だったと思います。けれども、私はエンジニアになりたいわけではなかったし、男子率ほぼ100%の学生生活にも魅力を感じませんでした。そこそこの成績だと「高専がちょうどいいじゃん?」と言われてしまうので、中3の高校受験模試でがんばって県内30位以内を獲得し、進学校に行くべき人間だと認めさせました。結果として高校→大学→大学院と進学したことで、奨学金を借りたとはいえ父にもかなりの負担をかけました。父には感謝していますが、それでもやはり、あの時高専を選ばなくて良かったと思います。

もっと言うと、一番大事なのは高専に行くか否かではなくて、自分で進路を選ぶこと、それ自体なのだと思います。だから私は今回、考えるためのできる限りの材料を提供しました。もちろん実際に高専を検討するときは、こうした記事を読むだけでなく、必ず志願前にその高専に足を運んでください。他の学校でも同じことですが、そこに毎日通学し、過ごす気になれるかをよく考えてください。

一人でも多くの受験生が、自分の選択に覚悟と自信を持てることを願っています。


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