5日目 ノープラン九州旅行の旅

今日は忘れないうちに笑

実は裏企画的な感じでゆるーくやっていた、移動中は基本的に読書をするというもの、あっというまに持ってきたの読了してしまった。

旅行中に読むと、1人で色々考えを巡らせることができて、いつもの何倍も、深い読書ができたんじゃないかと。1人旅中の読書、おすすめです。

さて、計画性のなさのしわ寄せが今日の午前中にきてしまいました。というのも、10時チェックアウトから12:04まで何もすることがない。という事態に。

なぜなら、長崎行きの鈍行が、6:21の次12:04までなかったから。昨日のうちから知ってはいたけど、まあいっか12時で。とか思ってた。謎。

んなわけで、長崎についたのが15時半。それまでやったことが朝ごはんと昼ごはん食べただけ。あとずっと暇つぶしか電車。そりゃあ本も読みきれちゃうわけだよね。

長崎に着いたら、急いで原爆資料館の方へ。しかし、29-31は休館()平和公園は年中無休なので、そっちだけ行きました。

感想は、長く書きたいので、どこか日を改めて書けたらいいかな。まあそう言ってて書いたことない気がする。論理すっ飛ばして、誤解を恐れず言うのであれば、次のようになるだろう。

長崎が選ばれた理由。原爆が落とされなければならなかった理由。多くの子ども、女性が苦しみの中で、地獄を味わいながら死ななければならなかった理由。
そのすべてがあまりに合理的に説明されていて悔しかった。というのが正直なところ。自分でも悔しいと感じたのには驚いた。非人道的、大量殺人、一種の人体実験。このような行為に、本来、合理も不合理もあったものではない。
こう書くと、反米のようだが、そういう政治的な立場抜きで、悔しいという感情がまず来た。
未だにこの感情をうまく表現しきれていないが、言葉で表す範囲を超えた事実の上に、今の平和が成り立っている。
今まで「平和とは非戦争状態だ。」と思っていた。しかしこの定義だと、平和を何とかして作り上げようとしてきた人たちの、平和活動や平和への願いというものが、漏れてしまっている。平和を考えるとき、当然こういう平和への活動を無視することできない。

結局感想を書いてしまった。しかもちょっと中途半端。

その後浦上天主堂を見学。おそらくここで年を越すことになるだろう。

今日のお酒は、長崎の地酒でした。毎日日本酒飲んで、段々日本酒のうまさがたまらなくなってきてる。ただたけー。

明日も長崎です。出島や大浦天主堂などを見ていきたいと思います。そして年明けミサをうけ、その後は、旅も終盤ということでひたすら歩こうかなと。

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