「掃除婦のための手引き書」ルシア・ベルリン(2019)講談社
湿っぽい私小説とは異なり、自身の波瀾万丈な人生を題材にしつつも、鮮やかに改変されては切り取られる一瞬の感情や状況の描写。
著者は幼少期、父親の仕事の都合でブルーカラー層の多い炭鉱町を転々とし、10代を過ごしたと思われるテキサスには、アル中だが優秀な歯科医の祖父と同じくアル中の母親がおり、一転、引っ越し先のチリでは裕福な暮らしを謳歌する。
それだけでも、創作の糧になりそうな人生の挿話は数知れないはずなのに(実際、何篇かは、自身の幼少期を下敷きにしているようだ)、大学進学後も、学生結婚や出産、離婚、元夫の同業者との再婚、シングルマザーとして重ねる職業遍歴と、著者の人生は続いていった。
そして、幾度も語られる母親との軋轢、アルコールとの格闘。ただし著者は、経験の壮絶さよりも、筆致によって勝負をかけることに誰よりも自覚的なようだ。なんといっても、その語り口。ユーモアと辛辣さ。時に、豪傑な一言。著者にとっては、不本意かもしれないが、本人もきっと知己に富んだチャーミングな人であったに違いないと思ってしまう。
登場人物は、時に著者の分身に感じられることもあるかもしれない。ただし、確かな洞察と好奇心を持って掬い取られ語り直された「事実」に踊らされるように読み切った。