看護師の大変さ、どんなものか見せてあげる
看護師さんって大変なお仕事ですよね〜!
看護師をしてるというと、必ず言われるこのセリフ。
どの仕事にも大変さはあるから、別に看護師だけが特別大変な仕事じゃないぞ!と心の中でつぶやきながらも、このやりとりを早く終わらせたくて、適当に答えてしまいます。
きっと、一般の人が考える看護師の仕事の大変さって、人の下の世話をしたり、針を刺したり、夜勤をしたり、そういうところだと思うんですが
そんなの大変じゃありません。
大変なことは、もっと向こう側にあります。
(ちなみに、サムネイルの画像は後輩の点滴の練習台になっているところです。)
ただ、これを説明するのって、ものすごくエネルギーを必要とします。
医療用語の説明から入らないといけないパターンが多いし、大変さを伝えるための土台が多過ぎて、話す前からげんなり。
IT界隈で言えばUI/UXから説明するようなもの、と言えば伝わるでしょうか。
それならば、噛み砕いて話す手間よりも、適当に流してしまうほうがラク。
実際やってみると、友人に講義しているような気分になってしまい、ものすごく思考を消耗するんです。
ならば、大変さを伝える記事を書けばいいのでは…?
そこで、看護師の大変さを伝えるため、私が今まで経験した中で一番忙しかった日の話を書くことにしました。
本来の日勤勤務は8:30〜17:00
これを忘れずに読み進めてほしいです。
先に言っておくと、看護師ってこんなに大変!とアピールしたいわけじゃなく、病院の裏側って実はこんな風になっているんだ…と、舞台裏を知ってもらえたら、それだけで十分です。
テレビやドキュメントでは知り得ないようなことも、テキストであれば可能なんじゃないか、という期待もあります。
※注意※
この記録は、私の個人的な体験であって、すべての看護師、医療従事者、医療機関に通じるわけじゃありません。そのことは、忘れないでください。
加えて、文中にはグロテスクな表現も出てきます。
苦手な方は読まないでください。
では
看護師の大変さ、どんなものか見せてあげる。
誰もいないナースステーション
当時、私は看護師1年目。
その年は、重症患者に加えて経過が思わしくない患者も多く、私たち看護師は連日ゾンビのようになって帰宅していた。
帰ったら疲労のせいで何も食べれずそのまま就寝。
朝、なんとか起きてとりあえず白衣に着替えて病棟へ。
そして、怒涛の勤務スタート。
毎日、その繰り返し。
そんな、12月のある日のこと。
いつも通り、朝7時半くらいに病棟に到着する。
就業開始時間まで、1時間あるじゃないって?
この間、私たちは患者の情報収集をする。
・どんな病気で入院していて、今どういう状態なのか
・内服している薬、投与している点滴や注射
・既往(これまでにかかった病気)や原疾患以外の病気
・今日の予定
・連絡事項や家族
病棟についた瞬間、何かがおかしい。
いつもなら、看護師のうちひとりはナースステーションにいて、カルテを書いたり直前に混ぜなきゃいけない点滴の準備をしているはずなのに
ナースステーションに誰もいない。
静かすぎる。
モニターもアラームの音もしない。
患者さんの声もしない。
どうして…
ナースステーションの中央にある大きなテーブルを見る。
ペンやボードはそのまま。
カルテやファイルは散乱。
点滴台には、使ったあとの点滴ボトルや注射器がそのまま放置されている。
あぁ、忙しかったんだな…
同時に、今日の日勤の忙しさを憂う。
今日も帰るのは(夜中の)12時前か…と、ため息。
受け持ち患者を確認し、カルテを開いたらその不安は確信に変わった。
なんの記録もされていない。
カルテが真っ白だ。
もちろん、患者全員のカルテ記載が必須というわけでなない。
しかし、規定で書かなきゃいけないテンプレートやサイン類が、何もされていない。
もう一度、テーブルの上をみる。
紙ベースでの注射の指示や、今日の医師指示の確認も、何もされていなかった。ここまで夜勤者が何もできなかったほどの忙しさとは、いったい…
もう、かえりたい…!!
朝8時の時点で、私はこう思っていた。
帰りたい日勤者、帰れない夜勤者
続々と先輩たちが出勤してくる。
同時に
今日、ヤバイね…
◯◯さんのバイタルサイン、おかしくない?
さきほど、カルテの記載はないと言ったが、1つだけ記載されている項目があった。
それはバイタルサイン。
熱や血圧、脈など生きてる兆候のことを言う。
ハンディタイプの機械で入力し、それがそのまま電子カルテへ反映される仕組みだ。これだけはなんとか入力されていた。
バイタルサインおかしくない?と言った同僚がみていた患者の体温は、41℃を超えていた。温泉と同じくらいの温度。
誰がみても異常値だ。
本来ならば、医師へ報告し採血やレントゲンなど、何かしらの対応をすべきなのに、こちらも何もなされていない。
いや、違う。
されていないんじゃなく、対応したくてもできなかったのだ。
日勤者が今日という日に震えている中、ある夜勤者が走りながらステーションに入ってきた。
ほんとごめん!
記録もカルテも夜間業務も何もできてない!
でも、私たち昨日から何も飲み食いしてないし、休憩してないの。
もう許して!!
と、言い残し、点滴を抱えて病室へ消えていく。
日勤者たちの顔がみんな引きつっていた。
本来ならば、8時40分くらいから申し送りと呼ばれる業務がある。
カルテには書いていない患者のトピックや、注意事項などを夜勤者から日勤者へ口頭で伝達するというものだ。
だが、今日はそんな余裕なんてない。
ひとまず、夜勤者の先輩から最低限のトピックだけを聞き、変わりのなかった患者はスルー。生きていればそれでいい。
夜勤者は病室へと帰っていった。
まだまだ仕事は終わらない。
ちなみに、夜勤者が帰宅したのは昼の13時だった。
彼女たちの多くが15時くらいに出勤してくるので、22時間近く病棟で仕事していたことになる。
話を日勤準備に戻そう。
夜勤者を見つめつつ業務に必要なものを用意し、ワゴンにのせていく。
・血圧計
・体温計
・聴診器
・血糖測定器(血糖値を測るための機械)
・生理食塩水の入った注射器
・アルコール綿
・受け持ち患者の点滴
・患者の指示が書いてあるワークシート
こうして、歴代で一番忙しい日勤が幕を開けたのだった。
最初からクライマックス
ナースステーションの横にはハイケアと呼ばれる重傷患者用の病床がある。ベッドの定数は2つ。
ナースステーションと繋がっており、緊急時にすぐに対応できるようになっている。本来は、カーテンの仕切りがあり名前や顔を個人情報を保護しなければならないのだが
緊急時はそうもいっていられない、というのが実際のところだ。
救命病棟24時や海外ドラマをご覧になっている人も多いと思うが、ああいう場面では患者の個人情報よりも、医療やケアの導線が優先される。
きっと一般の方は、患者さんの姿をみた瞬間、機械やチューブに圧倒されてしまうと思うけれど、よくよくみると患者さんはほぼ裸。名前や投与されている薬剤もそのまま記載されており、特にモザイク処理もされていない。
個人情報大公開だ。
普通では、ちょっと考えられない。
けれども、いのちと治療を優先する場合には暗黙の了解で許されている。患者・家族側も
と、いうことになっているんだと思う。
話を現実に戻そう。
ハイケアには定数2のベッドの場所に、3つのベッドが入っていた。
そして、カーテンはフルオープン。
ちなみに、私のいた病棟は救命病棟ではなく、一般の外科内科病棟だ。
おかしい。
ひとりにつき点滴棒は1本のはずなのに、ステーションからは4本見える。
誰かひとりに2本使っている計算だ。
やっぱり、おかしい。
そんな中、夜勤者のひとりである同期が担当医Yに報告している。
Aさん、昨日の23時くらいから嘔吐が続いていて当直医に相談・報告したんですが…栄養剤をどうしてもストップしてくれなくて…まだ投与し続けています。
レントゲンも取ったし、採血もしたんですが腸閉塞の疑いもないからって。
でも、明らかにお腹の張りがおかしいんです…穿孔(せんこう)しているみたい。熱も上がってきたし、脈も早くて血圧は70台、意識レベルも低下してきています。早く診察をお願いします…!
なんとなくヤバイことは、皆さんにも伝わっているはず。
ちょっと補足させて欲しい。
Aさんは、80歳の女性。
胃がんのため、胃のすべてを取る手術を受けていた。
術後1週間ほど経過したところ。
胃を切る手術をしたばかりであり、肺炎を併発していたせいもあって口からご飯を食べることは禁止されたいた。しかし、実は人間が栄養を吸収するには点滴よりも消化管を使うほうが効率が良く、吸収も良い。
したがって、胃がん術後においては、胃より先にある小腸にチューブをいれそこから栄養剤を投与するというのが、当時の一般的な治療の流れだった。
そして、穿孔(せんこう)という言葉。
はじめて聞く人がほとんどだと思うので解説させて欲しい。
これは、消化管の一部に穴があく状態のこと。そのうちの半分くらいの症例で、腸の中にあるものがお腹の中にばら撒かれてしまう。
ちょっと何言ってるかわからない人は、汚物である便がまな板という清潔区域に飛び散ると思っていただきたい。ノートルダム寺院の火事に匹敵するほど、ひどい惨事なのだ。
これがお腹の中で起こると、めちゃくちゃ痛い。
息もできないほどに。
そして、もしこれが起こった場合の第一選択は緊急オペ。
この辺りのエピソードは下記の連載がとても参考になるので、ぜひ。
Aさんは、極めて悪い状態だった。
Aさんを診察した担当医Yの第一声がこちら。
Aさん、栄養剤とめて。
造影CTとMRI追加ね〜
あと、血ガスと培養、血算、生化、凝固、パイロットと血型も追加で
点滴さ、今あるやつにヴィーンDつないで全開で落として
それから、ライン(点滴)ももう1本とって
いや〜…これはヤバイね…!
ちんぷんかんだと思うので、説明すると
CTとMRIは身体の中を輪切りにした状態で見れる検査。
血ガスうんぬんあたりは採血の種類のこと、この類だと30ccくらいの血液を採取することになる。
ヴィーンDは点滴の名前のこと、他にも15種類くらいある。
ラインとっては、点滴で使えるラインをもうひとつキープして=点滴の針をもうひとつ刺して、という意味だ。
この担当医Yはもう20年近いベテラン中のベテラン。
学会でもメインで発表しているような医師だ。
この人がヤバイとか、まずいとか、できないとか言っているところなんて、聞いたことがなかった。
その医師がヤバイということは、相当ヤバイ。
ここで視点をAさんから病棟全体へ戻してみる。
ハイケアにはAさんと同レベルの重傷患者があとふたり。
自分で起き上がったり、ナースコールを押せない人たちがいた。
他にも、Aさんに匹敵するような状態の患者が他の病室に6人くらい、何を言っても制止のきかない認知症患者が3人、メンヘラが4人ほどいた。
切り替えなきゃいけない点滴が多すぎてまわれない。
ナースコールを取ろうにも、鳴りすぎて誰が誰だかわからない。
そんな中、患者が別の検査に呼ばれるも準備など出来ているはずがない。
あ、認知症患者が転びそう…!(転んだらインシデントレポート)
もう、私たちは絶望の中にいた。
気づいたら、Aさんが検査を終えて病棟に帰ってきた。
やはり、Aさんは極めて悪い状態だったのだ。
小腸に繋がる血管がねじれ、血液を届ける先の小腸が壊死している状態だった。画像では確定診断までは難しかったけれど、壊死した小腸の一部は穿孔し、お腹の中に栄養剤と便がばら撒かれている状態。
本来ならば緊急オペだが、肺炎を併発している&炎症の数字が高すぎてオペはできない。
麻酔をかけたら、それこそ死んでしまう。
もう手詰まり状態だった。
家族を呼んでくれ。
今夜がヤマだろうから
(マジかよ…)
この時点で、まだ朝の9時半だった。
医師の指示を守れない私たち
看護師の業務内容を端的にいうと
・生活の援助
・診療の補助
この2点だ。
保健師助産師看護師法という法律(第5条)で規定されている。
テレビでよく見る、車椅子を押す姿や着替えを手伝うシーンは生活の援助。実はそれ以上に、診療の補助、すなわち医師の指示もとで行う医療行為も多い。
・点滴を◯時間で◯◯のルートから投与
・点滴の針を刺したり、採血したり
・栄養剤を◯◯の速度で投与
・傷を洗浄したのち、◯◯と◯◯を塗ってガーゼで保護
こんな感じ。
本来ならば、これらの処置は時間きっかりに行うのが理想、というかそうしなかればならないんだけど、現実はそうもいかない。
相手は患者という人間。
生理的反応が毎分毎秒で起こっている生き物だ。
時間が決まっていない指示もあるけれど、点滴や栄養剤、手術や検査前の処置には時間が決まっている。これを守れなかったり破ったりすると(決して故意ではない)、インシデントになってしまうのだ。
それに加えて、環境的要因もある。
医療機関のグレードや患者の人数、重症度によって配置できる看護師の人数は決まっている。国が決めているので、私たちの力ではどうにもならない。つまり、どんなに重症患者がいて忙しくても、リソースには上限がある。
だから、自分の受け持ち患者が同じタイミングで
・入院してきた
・検査・処置から帰ってくる
・手術にいく
・急変した
・せん妄や不穏(意識障害の一種)
に陥ってしまうと、もう私たちは分身するしかない…!
そんなことできるはずもなく、こういう多重課題が日常的にあるから、必然的に優先順位をつけて対応しなくてはならないのだ。
それが、たとえ医師の指示であっても。
そのため
・点滴を交換する
→15分はそのままでも平気かな。点滴の針も詰まることはないだろう(きっと)
・栄養剤がなくなってアラームが鳴っている
→とりあえず機械の電源を消して、フラッシュ(この場合、白湯を流してつまらないようにしておくこと)しておこう。栄養剤の交換はちょっとあとで
・傷の処置
→急ぎじゃないので、すごくあとでいい。今日中であればいい。
という判断になっていく。
しまいには
できたら、なるはやで採血して欲しいんだけど〜
と、他科の医師がナースステーションにはいってきた途端に
今、なるはやで採血とれる人なんていないから!
早く採血結果欲しいなら、自分でやって!!
と、先輩が鬼の形相で採血セットを渡す事態に。
よくある、看護師=怖いという方程式はこういうことの積み重ねなんでしょう……
ちなみに、その医師はブツブツ言いながらも病棟の様子をみていろいろ察し、自分で採血して自分で検査科に提出していました。えらいぞ。
パニクった時のBGMは
・転びそうな患者の歩行に付き添う
・患者のオムツ交換
・緊急で入った採血や点滴の実施
・検査の出しやお迎え
などの業務を夢中でおこなう。
ふと時計を見たら昼を過ぎている。
本来ならば、この間に1時間のお昼休憩がある。
看護師同士でペアとなり、交代で休憩するのだが
もはや、今日に関しては休憩という概念など、ない。
連日ずっと、10分でお弁当を流し込み、1分で歯磨きして病棟へ戻るということが続いていたので、もう感覚が麻痺していた。
さて、14時からは指示とりという業務がある。
これは明日の業務が滞りなく行われるよう、医師の指示や処方、点滴が揃っているかを確認するものだ。
・切れてしまう飲み薬がない確認
→医師が出し忘れていることがあるので、連絡し、出してもらう
・持続の点滴は繋がるか確認
→朝の3時〜9時分までない!とかある。その間どうするの?と聞く
・検査や処置に応じて食事が止まっているか確認
→食べてしまったら最後、当日中に検査できないこともある
なんだけど、ゆっくり書類やカルテを確認する時間なんて、ない。
ひっきりなしに鳴り響く電話
鳴り止まないナースコール
面会者や家族への対応
呼び出される検査や処置
やらなきゃいけないことができない。
やりたいこともできない。
明日の指示が確認できない。
むしろ、明日ってくるのかな…
…こないほうが幸せでは?(混乱)
ここまでくると、頭の中でピンチ時のBGMが流れるようになってくる。
私の場合は、由紀さおりさんの夜明けのスキャット
ルールルルー
ルールルルー
ルールルールー!!
と、頭の中で聞こえてきたらやばい時の合図。
きっと、現実とのバランスを取るために、こういう穏やかな曲が流れるんだと自分では解釈している。
ちなみに、同期の頭の中では運動会で使われるリレーの音楽が流れるらしい。天国と地獄。
私はこの日、椅子に座れるまでずっとこの曲が頭の中で流れていた。
クールビューティーが壊れた瞬間
いろいろと絶望の中だけれど、とりあえずチームリーダーに
・現時点での患者の状態
・終わっている業務
・終わっていない業務
をわかる範囲で報告する。
もう、ここまでくると受け持ち患者全体を把握しているのか、自分でもわからない。みんな、生きてくれていればそれでいい。(よくない)
そんな中、病棟で一番クールでビューティーな先輩が血相を変えてナースステーションに帰ってきた。
仮に、彼女をクールビューティー麻衣子としよう。
麻衣子は
やばいやばいやばい
しか言わない。
何かあったんですか…?と、聞くと
出てるの、やばいの
主語がない。
あのクールビューティーがここまでパニクっている姿なんてはじめてだ。
ちょっと一緒にきて
まだ1年目の看護師である私を連れていっても、特に力になれることなんてないはずだが…
と思いながらも、麻衣子がそこまで言うなら相当なことが起こっているんだろう。
私も覚悟してベッドサイドにいく。
患者Bさんは、お腹のオペをした70代のおばあちゃん。
七福神みたいにコロコロしていて、いつもニコニコしていた。
くしゃみしたら、ぽん!っていうから、なんか落ちたのかと思ってナースコールしたの
と、笑顔。
おなかをみてみて
と、真顔で麻衣子。
おそるおそる、お腹を見せてもらうと、たしかに出ている
腸が。
私の頭の中で流れていた、夜明けのスキャットの音量がMAXになる。
軽いめまいもしてきた。目の前の腸のせいなのか、昼ごはんを食べていないせいなのか、わからない。もはや、どっちでもいい。
Bさんはくしゃみをした圧力のせいで、手術の傷跡に負荷がかかり、傷が開いて腸が飛び出てしまっていた。しかも、Aさんと同様、どこかの血管がねじれているのか、腸の色がどんどん悪くなっていく。
ね、やばいでしょ?やばいよね!
もう、麻衣子も言語化能力を失いつつあった。
彼女は、すでに午前中に手術予定の患者の急変が終わったあとだった。
HPは限りなく0に近い。
これは…緊急オペの流れですよね…
担当医に連絡して、家族に電話して、オペ室の手配を…
と、後輩の私が指示を出す始末になっていた。
また不運なことに、Bさんの担当医が外科で一番こわい女医だった。
もう、彼女と関わることそのものが恐怖。
なのに、報告することがこんなバッドニュースなんて
今すぐ灰になって消え失せたい…!
1周してクールに戻ってきた麻衣子が、その女医に報告する。
あ!先生。今いいですか?Bさんなんですが、くしゃみをした瞬間に創(手術の傷跡のこと)が開いて腸が出ました。えぇ、すごく出てます。ひとまず、生理食塩水で湿らせたガーゼで腸を保護していますが、血色がすごく悪くて、おそらく捻転(ねじれること)してると思われます。至急診察と、造影CTと緊急オペの手配をおね…
言い終わらないうちに
わかった!
すぐいく!!
と、女医がほぼ悲鳴で応答しているのが聞こえる。
早速Bさんを診察する。
(……!!)
言葉が出てこない。
麻衣子より重症である。
そのことが、ことの重要さを物語っていた。
ナースステーションに帰ってきた瞬間、女医から怒涛の指示が飛んでくる。
造影CTとMRI追加
検査室に至急おろしていいか電話して!
手術室には私から連絡します
あと、血ガスと培養、血算、生化、凝固、パイロットと血型の採血ね
◯◯くん(研修医)、お願い
血ガスは、とったら救命センターに走って提出してきて!
いい?走るのよ!
点滴、今あるやつにラクテックつないで全開で落として
それから、オペ用のラインもとってちょうだい!
さて、Bさんの旦那さんに電話しなくちゃね…
はぁ…今日こそ溜まっているドラマを見ようと思ったのに……
そういえば、朝も同じようなセリフを聞いた気がするな…と思いながら、最後のセリフに心から同情した。
しかし、私たちは医療職。
患者の命と安全が最優先。忙しい時の私生活なんて、寝る時間とお風呂の時間くらいしかないのだ。
すぐにBさんの手術が決まる。
30分後、Bさんはニコニコしながら手術室へ吸い込まれていった。
やばい患者が、もうひとり
Bさんを手術室へ送り込み、忙しい荒波がひと段落しかけた時、嫌な予感が確信へと変わっていく。
さきほど、Bさんの場面でめまいがしたとお伝えしたが、それが悪化していた。世界が黒く回ってきた。手が震えて、冷や汗も止まらない。
あぁ…これは低血糖だな…
私は糖尿病ではないのだけれど、もともと体質的に血糖値の上がり下がりが激しいタイプ。
こっそり病棟にある血糖測定器で自分の血糖を測る。
お昼ご飯を食べていないことや、連日の激務が影響したんだろうな〜とかすみゆく意識の中、結果を待っていたら
結果は23だった。
血糖値の標準値は70〜110と言われている。
もし、23なんて数字が患者から検出されたら、速攻でベッドへ寝かせる。次に、ブドウ糖を飲ませるか、ブドウ糖注射液を投与するほど、やばい数字だった。
マジか…と思っていたら
それ、誰の血糖値?
と、次の夜勤者である先輩が怪訝そうな顔でのぞいてきた。
ふんわり癒しキャラの由紀子だった。
わ、私のです…
なんか、フラフラするなと思って測ったら…
言い終わる間もなく、由紀子は私を手招いて休憩室へ入っていく。
あのね、これを食べ終わるまで、ここから出ちゃダメ!
5分間はここにいるのよ。いいわね?
と、私の手の中に握らせてくれたのはキャンディやハイチュウ、キャラメルなど血糖値の上がるものばかりだった。
1つずつ封を開けて、口の中に入れる。
糖分が口の中を通じて、合わせて由紀子のやさしさも全身に広がっていく。
もはや、よく効くお薬みたいな感覚。
生き返るようだった。
でも、ぼやぼやなんてしていられない。
病棟はまだまだ嵐の中にある。
キャンディもハイチュウも、舐めてる暇なんてない。
噛んで噛んで、はやく飲み込む。
5分経つ間もなく、私は休憩室を出た。
さーて、ここから始まり
気がついたら完全に日が暮れていた。
17時を回っている。
17時以降は、夜勤の時間だ。
いつも持ち歩いているPHSも、ナースコールが鳴らなくなる。
代わりに、夜勤者用にPHSが鳴りまくっていた。
やっと、好きなように仕事できるね…!
1つ上の先輩がいった。
そう、勤務中はナースコール対応の優先順位が高くなる。早く対応しないと、患者の安全を守れないし、クレームに繋がることもあるからだ。
でも、勤務の就業時間が終わるとナースコール対応をしなくてよくなる。
やっと、自分たちのペースでやりたいこと・やらなくてはならないことができるのだ。
後回しにしていたことを順番に終わらせようとするも、たまり過ぎていて何から手をつけていいかわからない。
処置や検査の確認
褥瘡の洗浄処置
手付かずだった指示取り
約束していた患者さんとのシャンプー
もう頭が動かないので思い出した順にやっていく。
HP0のゾンビと化した私たちをみて、察し能力の高い患者さんは
今日は身体を拭くの、いいわよ。
もう夜ご飯もきちゃうし、あなたたちのほうが死にそうよ?
1日くらい拭かなくても平気だわ。
と、いってくれる。
申し訳ないと思いながらも、夜ご飯がもう病棟に届いている。食事の邪魔をするわけにはいかない。その日、患者さんへの清潔ケアは、最小限に留めざるを得なかった。
師長の計らい
当時、私の上司だった師長は天然系のおっとり師長で
また緊急入院きちゃう〜ごめんね〜!
と、言ってしまうような人だった。
ちなみに、緊急入院はごめんねで済ませられるような案件ではない。
あの日も、めちゃくちゃ忙しいにも関わらず、緊急入院の患者を受け入れていて、師長自身もてんてこ舞いだった。
さすがに、夕方くらいに限界を感じたのか
今、うちの病棟は重症度の限界を超えてます。空いてるベッドは翌週の入院患者のもの。だから今夜は、緊急入院は取れませんから!今日の日勤はね、誰も休憩してないの。こんなこと前代未聞です。ベッドコントロール担当者に、そう伝えてちょうだい!!
と、電話でブチギレていた。
そうか…今日って休憩してないんだっけ…?
と、同僚がポツリ。
もうHP0の私たちは、記憶保持能力も失いかけていた。
夜21時前になって、やっと座れる看護師が現れ始める。
座れるといっても、業務が終わった訳ではない。これから、今日やったこと、患者の反応や対応など、すべてカルテに記載しなければならない。
カルテは、シフト制で勤務している私たちにとって患者の情報を共有するにあたっての重要なツール。ちゃんと書かないと、患者の安全と命に直結する。もしも訴訟問題が起こった場合には、重要な証拠にもなるものだ。
座れることは、業務におけるセカンドステージの始まり。
そんな中、師長から黄色い声がした。
ピザ頼んじゃった!
もう、いったん腹ごしらえしましょう!!
(……わ、わ〜い!!)
看護師歴10年になるが、こんなことは後にも先にもあの時だけ。
チーズと炭水化物が身体に染みるのなんのって!
人間、空腹を超えると感覚が麻痺して仙人のような気持ちになるものだけれど、ピザを食べた瞬間に空腹が戻ったのか、みんなで貪るようにピザを食べる。
病棟中に漂うピザの香り。
きっと、クレームもあったかもしれないが、今日だけは許してほしい。
私たちが倒れたら、あなたたちも道連れだ。
4枚あったピザは、あっという間になくなった。
さぁ、今度こど、セカンドステージの始まりだ。
嫌なことは重なるもの
由紀子からもらった血糖爆上げアイテムと、師長からのピザのおかげで身体的元気を取り戻しつつあった。
さぁ、これからカルテ書くぞ〜!と気合いをいれた瞬間、ナースステーションの心電図モニターがけたたましく鳴り始めた。
心電図モニターがVFと呼ばれる波形を示していた。
これは、心室細動と呼ばれ心臓がポンプの機能を果たせず、ただ震えている状態のことをいう。限りなく死に近い状態。
その波形を示す患者は、今夜がヤマだろうと言われていたAさんだった。
ありとあらゆる薬を投与し、できる限りの処置をして、人工呼吸器までつけたのに、やはり身体が限界だったのだ。
すぐにモニターがフラットな状態になる。つまり、心拍が0の状態だ。
ここで、ナースステーションの電話が鳴る。
Bさんの手術が終わりました。
お迎え、お願いしま〜す
夜勤看護師は4人しかいない。
もう…どうして、こう全部重なるのよ!
夜勤看護師のリーダーが吐き捨てるように言う。
仮にAさんの処置にふたり、Bさんのお迎えにふたり割いてしまったら、病棟の患者を見守っておくべき看護師がいなくなる。明らかにリソースが足りなかった。
本来ならば、日勤者が残業していても、夜勤者を手伝ってはいけない。手伝いたい、手伝って欲しいとお互い思うけれど、そうすると責任の所在がわからなくなってしまうからだ。
でも、今日は特別。
それに、もし自分が夜勤の立場だったら、喉から手が出るほど日勤者に手伝って欲しいと思う。そこに座ってるんだから。
ナースコールや時間のことはやっておくから
Bさんのお迎えとエンゼルケアにいっておいで
と、師長が言う。
誰も異論はなかった。
そんな中、チームリーダー亜由美がチームのみんなを集めた。
こんな時にこんなこと言うの、ほんと申し訳ないんだけど、私、今日の夜行バスでスキーに行くの。0時過ぎに新宿からバスに乗るから22時半にはここを出たいわけ。私の確認が必要なものとか、早めにいってもらえると嬉しいな!
ちょっと待て、亜由美。
そんな話は聞いていない…!
そういうことこそ、朝のうちに言っておきべきでは…?
なんて、1年目の私が言えるはずもなく、先輩の確認が必要な指示や書類をピックアップしていく。この時点で21時半。リミットまであと1時間しかない。
血糖値が戻った私に不可能などない。ものすごい勢いで医師の指示、点滴や内服の確認、明日の検査や処置の準備をしていく。
裏事情をお伝えすると、あの年の12月は本当に忙しい年だった。亜由美が連休だったのは12月中、あの時だけ。きっと、スキーのためだけにこれまで激務を乗り越えてきたかと思うと、行かないで!なんて誰も言えなかったのだ。
この勤務中、一番の集中力を発揮して、なんとか亜由美ありきの仕事を終わらせた。時計は22時20分、なんとかセーフ。
本当にごめんね!
みんなも早く帰ってね〜!!
早く帰るとは…いったい…?
もう思考に割けるエネルギーは残っていない。
亜由美にお疲れ様を伝えたあと、PCと向き合う。
結局、私が病棟を出たのは深夜1時だった。
長い1日がやっと終わる。
どうやって帰宅したか覚えていないが
朝、Aさんの報告をしていた同期にLINEで
「亡くなったよ」とだけ連絡したことは覚えている。
もう、既読になったかどうかも確認できない。
身も心もクタクタで自宅についた瞬間、ベッドへダイブした。
当たり前の中にこそ
ここまで、ある看護師の1日を長々と語ってきました。
読者のみなさんからみたら、とても異質な1日だったかもしれないけれど、私にとっては日常の光景なんです。
さすがに、ここまで忙しい日はもうないけれど、似たような日はそこそこあります。
逆に、私から見たらサラリーマンの1日がとても珍しいものに見えます。だって、5日間連続で満員電車に乗るなんて、もうアトラクションじゃん?
そう、私の中の当たり前は
あなたにとって、価値のあることかもしれない。
だから、友達に話して
それ、おもしろい!
へぇ〜…そうなんだ
って、言われることはどんどん発信してみたらいいと思います。
私も、看護師ネタをTwitterに書くようになってから、反応やフォロワーが増えて、楽しくなりました。だから、続いています。
好きなことを仕事にする、も大事だけれど
そして、もうひとつ。
自身の発信で価値を提供し、ファンを増やして、いわゆるインフルエンサー的な生き方に憧れる人も多いと思います。
でもね、好きなことの中には、好きじゃないけれどやらなくちゃいけないことがあるし、中には好きが燃え尽きてしまう人もいます。
ツイッターランドに住んで8年くらいになりますが、消えていった人もたくさん見てきました。
だから、好きを仕事にすることと同じくらい、自分への負荷を最小限にできる仕事を見つけることも大事なはず。
私の場合、それが看護であり
家事代行における作り置きの仕事であり
文章を書くことでした。
平日毎日同じ場所出勤することや
満員電車に中でいやいや通勤することや
ルーチンワークが本当に無理なんです。
すぐに、飽きちゃう。
看護に関しては、大変と言われることもありますが
あんなに忙しい日があっても辞めませんでした。
なぜなら、いろんな勤務体系があって
いろんな人や症例との出会いがあって
マニュアルの外にある業務に
やりがいを感じているからです。
毎日仕事していると、見失ってしまうこともあるけど
仕事における、好き!楽しい!と
これは無理!を天秤にかけてみることを
どうか、忘れないで欲しいと思います。
あなたを必要としている人は
ここではない場所に
もっとたくさん、いるかもしれないから。
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