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「軽井沢にある出版社だからこそ、できること」元同僚が聞いてみた【後編】

2022年1月、軽井沢に出版社が生まれました。その名も『あさま社』。
代表の坂口惣一さんは、2020年3月に軽井沢へ移住後、あさま社をひとりで立ち上げています。
なにがきっかけで、軽井沢に出版社をつくろうと思ったのか。あさま社とはどんな出版社なのか。
坂口さんと同じ出版社で営業をしていた元同僚が、聞きました。

◀◀前編はこちらから

野草に教わった、時間軸


― 前編では、あさま社の立ち上げや、「みらいへ届く本」というミッションにたどり着くまでのお話を聞きました。
長く残る本をつくるという発想を、軽井沢の野草から教わったというお話でしたが…野草って、どういうことですか?

僕は、移住してから軽井沢に家を建てました。そのときに土地も購入したのですが、土地の前の持ち主から、絶滅危惧種が植わっていると言われたんです。

「ヤマタバコ」という植物だというので見てみると、たしかに土地のど真ん中に生えていて…。貴重なものなので、自治体に申請書を出したり、一部を植物園へ移管することに決めたり、結構大変だったのですが。

で、そのヤマタバコが、花を咲かせるまでに8年かかるっていうんです。そんな植物があるって知っていました?

― いや。植物ってだいたい、1年ごとに花が咲くようなイメージでした。

僕も、そんなふうに思っていました。春が終わってまた次の春に芽が出る、みたいなね。

だから8年というサイクルを聞いたときに思ったんです。8年でようやくかたちになるのか。僕は8年というサイクルで物事を考えたことがあったかなって。

人生のいろいろな物事についても、本づくりについても、僕は東京にいるときは、短いスパンでせかせか考えていた。でも、もっと長い目でものを見てもいいのかなって。自然の時間軸から、思わぬことを教わったわけです。

群馬と長野の一部にしか群生していないというヤマタバコ

100年後に残る本をつくるためには


― ちょっと気になったのですが、100年先も残っていく本をつくりたいと思ったとき、どんなことが大事になるんですか?

そうですね…100年残る本の「つくり方」があれば僕も教えてほしいくらいです。めざしてできるものでもないし、そのやり方なんておそらく誰もわかりません。

だからこそ、長く残る本をつくるときには、自分にできることをするしかない。つまり大事なのは最初の段階から、ずっと残る本にしようと「覚悟」を決めることだと思います。

トレンドを追うのではなく、切り口もタイトルも、それから装丁も、普遍的にする。今すぐマーケットニーズに一致するかわからないけれど、そこに寄せない勇気を持つということです。

― 瞬間風速的に売れるかどうかは、考えない?

うん。そう決めて本をつくると、前提が大きく変わりますよね。

実際に、あさま社の1冊目の書籍『子どもたちに民主主義を教えよう』は、会社の企画会議にかけたら、スムーズには通らないような本だと思います。

「民主主義」という切り口は本当に売れるのか。マーケットニーズと合致しているのか。そう言われてしまうでしょうね。

でも僕は、ずっと感銘を受けてきた工藤勇一さんの、教育に関する普遍的なメッセージを本にしたかった。そのために教育哲学者の苫野一徳さんとの対談というパッケージにしました。

あの本は、ひとりでやっているからこそ出せた書籍だと思っています。

軽井沢の子育て


― 教育の話が出てきたので、この流れでぜひ聞きたいのですが。
軽井沢風越学園に通わせたことで、娘さんに変化はありましたか。

子どもにどんな変化があったのか、よく聞かれます。

でも、今のところの変化はすごくシンプルで。体幹が強くなって、遠慮なく木登りをしたり、泥遊びしたりするようになった。空間的な広さもあって、のびのび育ってくれていると思います。

それよりも、変わったのは大人側なんです。

― 大人側のほうが変わった?

たとえば東京にいた頃、娘を公園で遊ばせているときには、なにか揉め事を起こさないかをずっと意識していました。周囲の親御さんも同じだったと思いますが、よその子に迷惑をかけていないか、ヒヤヒヤしながら見ているという感じ。

でも軽井沢で子育てをしていて、そういう意識自体がなくなったんです。見守ってみようという心構えができた。

子どもたちって、案外自分たちでトラブルを解決できたりするんですよ。だからギリギリまで見届けようという共通認識が、大人側に生まれている。子どものチャレンジをとめてしまわないように、大人が変わったんです。

― なるほど。

子どもって、関わりのなかでみんなで育っていくものだなと思います。

娘もよく話してくれるのですが、物を忘れたり、文字が書けなかったりしたときに、友だちが助けてくれるようです。

東京のときは、自分の子どもにしか目が向いていなかったのですが、今は娘のまわりにいる子どもたちにも自然に目が向きます。「子どもたち」が、関係性のなかでまるっと育っていけばいいなと思うようになりました。

近くの湯川で

『軽井沢 本の學校』イベントを定期開催中


― 『子どもたちに民主主義を教えよう』のほかに、あさま社として取り組んできた活動を教えてください。

『軽井沢 本の學校』というイベントを、過去に2回実施しています。好評なので、3月19日には、第3回目を開催する予定です。

これは、「婦人公論」、「中央公論」、季刊誌「考える人」(新潮社)の編集長を歴任し、「ほぼ日の學校」の立ち上げも務められた河野通和さんとのご縁で、立ち上げたイベントです。

コンセプトは、”本と出会う場所”。

どこで本に出会ったかって、読書体験に大きな影響を与えると思うんですよ。軽井沢という土地で出会ったからこそ、ずっと自分の中に残る。そんな読書体験を、イベントを通して提供したいと思ったんです。

― 具体的に、どんな本を読んでいくんですか?

毎回、今読むべき名著を読んでいきます。1回目は小林秀雄作品。2回目では冒険家の荻田泰永さんの著書『考える脚』を、みんなで味わっていきました。
 
― 名著に触れてみよう、ということですね。

みんな普段は忙しいし、興味のある本しか手にとらないですからね。だからこのイベントでは、自分では手が伸びないような名著に出会う機会をつくりたいと思っています。

かつてNHKの「100分de名著」という番組を本にしたことがあります。そのときに感じたのですが、やっぱり名著には、圧倒的な力がある。せっかくこの世には名著がたくさんあるのだから、積極的に伝えて、未来に残していきたいと思うんです。

本をただ量産するのではなく、過去の優れた本を掘り返していって、出会うきっかけをつくるのも、出版社の仕事のひとつだと思っています。

― 本の學校3回目のテーマは?

シェイクスピアの「夏の夜の夢」です。今回はちょっと雰囲気を変えて、「演じる」ということに挑戦してみたいなと思っています。

劇団カクシンハンの演出家、木村龍之介さんをお招きし、参加者のみなさんと五感をひらく時間をつくってみたいと思います。

軽井沢 本の學校「第一回」では別荘ウォチングを実施

あさま社のこれから


― 最後に、これから予定されている新刊について教えてください。

今は、BIOTOPEの佐宗邦威さんと本をつくっています。あさま社の2冊目となる新刊ですね。

内容は、佐宗さんご自身が軽井沢に移住したことで起きた変化について。個人が新しい自分に生まれ変わるような、「トランジション」のあり方をお伝えできたらと思います。

― 楽しみにしています。

これからも「出版」という言葉にとらわれず、いろんなことをやっていきたいです。noteも、これからじっくりやっていきたいことのひとつ。新刊やイベントの告知に使うだけでなく、幅広いコンテンツを投稿できたらいいなと思っています。

いずれは、読者の方と一緒に育てていけるようなnoteにしたいですね。

たとえば「この書店にインタビューしてほしい」とか、本とは関係のない話で「軽井沢のおすすめスポットが知りたい」とか。読者の方からアイデアや要望をもらって、育てていきたい。ひとつの船みたいに、読者のみなさんに乗り込んでもらって、自由に進んでいけたらいいですね。

― 読者とのコミュニケーションの場になっていきそうですね。楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。

ビジョンイラストはHugRagFactory 藤澤さんに手掛けていただき、見えるところに飾っています


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