見出し画像

暮らしの裏を走る

ローカル線の旅が好きなのは、人々の暮らしの裏側が見えるから。紀州へ行くため利用した紀勢本線は、家の裏を通っている。家の裏は線路で、家の前にあるのは道路だ。

車は家の表を通り、列車は家の裏を通る。表はみんな大体よそゆきの顔でキレイにしているけど、裏には等身大の生活が見える。洗濯物や布団を干していたり、焚き物をしていたり、家の中が窓からちょっと見えたりもする。裏の部分は無防備だ。旅先の無防備な裏の生活を見ると「違う土地に来たんだなー」と思う。

幹線道路沿いは日本国中、同じで、チェーン店、車のディーラー、葬儀ホール、パチンコ店、イオンがある。ちょっと中に入ると地方色があるけど、基本的に表の顔なので、距離感はある。

その点、列車は我が物顔で人の庭の裏を通っていく。そこに赤裸々な日常があったとしても、列車は通り過ぎるだけだから、誰も気にしない。車が家の前に止まって玄関のベルを押してようやく訪問が叶うというのに、列車ときたら無遠慮に生活の深部を突き抜ける。それが見知らぬ土地であるほど、生活様式の異なる土地ほど、車窓が興味深い。

でも、新幹線だとそうは行かない。住宅密集地を走行するときは騒音防護壁が両脇にあるため、遠くの景色しか見えない。だから、人の家の裏側を見る楽しみは、ゆっくり走るローカル線に限る。

ローカル線の面白さは、その乗客にもある。電車にひとりで乗っていても楽しくないわけで、地元の人が乗り込んで来てようやくローカル指数がぐっと上がる。地元の言葉で談笑しているおばさんや高校生の会話なんかを興味津々で聞くのは、新幹線の移動では味わえない醍醐味だ。

多少値は張るが短時間での移動が可能。A地点からB地点へ行く場合、Bという場所が目的地。そこ以外は用がない。できればどこでもドアが欲しいくらい、という人が利用する乗り物が新幹線だ。

だから、途中の景色や人々の生活はどうでもいいし、みんな狭いシートの上でパソコンを開いて資料を作ったり、大口開けて爆睡したり、今夜呼ぶデリヘル嬢を選んだりなんかしている。高速移動する密閉式の箱。それが新幹線だ。

仕事で新幹線に乗るのは分かるけど、旅の場合はもうちょっと違う方法を選んでもいいんじゃないかと思ったりする。

旅をする時、どうしても新幹線ではなくて、地域の生活に近いローカル線のほうがお得だと思うのは私だけだろうか。A地点からB地点へ行く間には「a,b,c,d,e,f,g...」というおびただしい数の町が存在している。だったら、そういう小さな町も味わえるだけ味わったほうが断然お得だ。Bしか知らないよりは「B+abcdefg」を知っている方が楽しいし豊かだと思うので、私はローカル線の利用が多い。

なーんて。エラそうに言ってみたけど、実際のところはもうちょっと違う。はじめからそんなことを知って旅を始めてるわけじゃない。旅なんて大して興味がなかった。でも、タケPが青春18切符を使った旅をするようになって、それに何度か付いて行ったら、ちょっと面白かった。それで、私も年に何度か行くようになった。

実際、青春18切符で旅をするのは体力勝負。延々とローカル線に乗ってるのは今まで書いたようなのんびりしたものでもなく、かなり修行に近いものがある。駅で1時間くらい待つこともあれば、3,4分での乗り換え、しかもロングシート、昼ごはんを食べる時間がない、などなど、シビアな条件ばかりだ。それを、まあちょっとでも楽しむために、せめて窓の外を眺め、乗ってくる人を観察しながらちょっとづつ目的地に近づいていく感覚を楽しんでいる。

やればけっこうクセになる。駅を1個づつ通過し、駅一個分目的地に近づく、ひとつづつこなしていけば、目的にたどり着けるという単順明快なこの忍耐は、目的地に着いた時の感動に比例する。これは本当。新幹線で行った人より喜び度合いが半端ないし、充実感もひとしお。そんなことで、今回、私は伊勢を出発し、山形県は鶴岡まで来ています。

サポートありがとうございます!旅の資金にします。地元のお菓子を買って電車の中で食べている写真をTwitterにあげていたら、それがいただいたサポートで買ったものです!重ねてありがとうございます。