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天降川(あもりがわ)

鹿児島空港からさほど遠くない場所に、新緑の隙間から天降川の流れが見え、妙見(みょうけん)のお湯が湧き出ています。その川面で線香をあげるようになって、すでに十数年が経ちました。

その人は家族が資産家であったにもかかわらず、自分の力だけで会社を起こし、交渉力があり商売上手でした。常識や慣例にはこだわらず、自分の考え方や理屈を曲げない人で、大胆かつ説得力があり、正しいかどうかは別としても、全ての課題への結論を持っている人だと感じていました。

ある日、ゴルフクラブ一式が送られてきて、私にゴルフをするよう説得し、ルールやマナーだけでなく、世の中の渡り方までもその人から教わりました。夏は北海道へ、そして冬は宮古島や石垣島まで飛び、日本全国のゴルフ場と温泉を回ったものでした。

有名な観光地に行きたがることは稀で、少し鄙びた人気の少ない場所がお気に入りだったようです。泉質や温度や設備など全国の場所を細かく記憶している人でもありました。

そんな人が気に入ったのが、妙見温泉でした。近くには霧島という有名な温泉地があるにも関わらず、ひなびたこの場所を選んで滞在していました。妙見温泉は、古くから天降川沿いに沸く湯治場で、黄金色に染まったナトリウム炭酸を含むとろみのある源泉が、循環することもなく贅沢にも湧き出た川に戻っていく場所でもありました。

仕事もゴルフも温泉もお酒も愛した人でしたが、ある日、発作的に自死したとの連絡が入りました。私に投げつけられた多くの言葉が頭を巡って、その人の人生とは何だったのだろうと考えさせられました。


自分の好きなように生きた人でしたが、自分の遺灰は天降川に流すように、と家族に伝えていたと後になって聞きました。天降川は、天孫降臨の伝説があり、天から降ってきた水と地から湧いてくる温泉が注ぎ出る場所です。魂がそんな場所に流されるなら、本望なのだと思いました。


こうして今年も天降川で線香をあげながら、ウッドのクラブが唯一の遺品として、私のクラブセットに混じっていることを思い出しました。ウッドがラウンドを回るために必要なクラブのひとつであるように、遺されたアイテムを使って、人生というラウンドをプレーするのは自分自身だということが、染み入るようでした。

天降川の流れ


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