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小説家としての半生と反省②純文学vsエンタメ編

私は大学生くらいから小説を書きはじめました。
そもそも小説を読みはじめるきっかけが、大江健三郎だったり安部公房でした。女性作家では金井美恵子さんや松浦理英子さんが好きなので、自然と私も純文学と呼ばれる分野に足を踏み入れることになりました。

純文学とエンタメって何? という疑問を、けっこうよく聞かれるんですけど、私はこう答えてます。

純文学は地下にひたすら穴を掘っていくようなイメージです。最初は井戸みたいな小さい穴から、暗く深い、さらに深奥へ。掘る対象は、自分自身だったり、歴史だったり、言葉そのものだったり……。
でも、掘っていったその先に、いったい何が出るかわからない。水が出るか、温泉が出るか、はたまた石油か、ツチノコか化け物か。
何が出てくるか最初からわかっていたら、そもそも小説なんて書く必要はないんじゃないかと思います。

エンタメは逆に、地上に構造物――家、ビル、商業施設などを建築していく作業です。
当然、設計書が必要だし、入っていく人たちの動線確保も重要です。多くの場合は、その建物のなかで人々(読者)が快適に過ごせるように、配慮がなされます。

村上春樹さんのすごいところは、どんどん地下深く掘っていって巨大地下帝国を構築しつつ、その地上にもものすごいアミューズメントパークを打ち立ててしまうところでしょうか。
あくまで私の印象ですし、この傾向に当てはまらない作家もたくさんいますのであしからず。

さて、私も純文学小説を書きはじめ、いろいろな場所を掘っていきました。
自分について、過去について――。しかし、なかなかうまくいきません。
新人賞では文學界新人賞や文藝賞に応募しましたが、そこそこいいところまでいくことはあっても、最終候補にはなりませんでした。
掘っても、掘っても、何も出てこない。私はそのことをなかなか認められずにいました。
そもそも砂漠を掘っても、砂しか出ないわけです。それは、自分自身がまことにつまらない人間だということを自覚させられる、苦しい作業でした。

だから、無理やり奇抜で変わったことを書こうと挑戦したこともありました。
たとえば、自分や他人のおしっこを飲むことにはまっていく主人公、とか。
私の名誉のために申し上げておきますと、私自身、おしっこを飲んだ経験はありませんし、小説を書くために飲むこともしませんでした。

でも、裏を返せば、飲まないのに書けるわけないんです。
要は、掘ったふりをしただけでした。
掘ったふりをして、何かを見つけたふりをする自分を掘っていく、みたいなメタっぽいことをしてみても全然つまらない。
それって、夏休みの作文で「書くことがない、自分を書く」のと同レベルですよね。

じゃあ、自分の身体にしみついた経験を書こうと、当たり前のことに気づくのに5年くらいかかりました。私の信頼できる知人に、「あなたはエンタメのほうが向いている」とアドバイスされたのも大きいです。

だったら野球を題材にしようと思いました。自分もプレーしたことあるし、見ることも好きだし、野球の歴史も掘り下げられる。思いきりエンタメに振り切って書き上げたものを新人賞に送ってみたら、そのまま奨励賞を受賞してしまいました。

そう、「受賞してしまった」んです。
いざ二作目を書くべく、パソコンに向かった私は焦りました。
「え……、そもそもエンタメのストーリーってどうやって考えるの?」

一作目は、勢いにまかせて書いていたら、なんだかするする出来上がっちゃったんです。
自分の体験をもとに書いたということも大きかったかもしれません。
先ほどの建造物のたとえを持ち出すならば、素人が見よう見まねでログハウスを建ててしまったようなものです。
ところが、二作目はそんなビギナーズラックなんて通じない。一から自分の頭で考えなければなりません。
このときの私は、いわば建築士の資格もないのに、家やビルを建てようとしているようなものでした。「ストーリーの考え方なんて学校で習わなかったもん!」と地団駄を踏んでも、誰も助けてくれません。

さて、ピンチにおちいった私が、無事、二作目、三作目と刊行することができたのは、ひとえに担当についてもらった編集者の方々の尽力もあるのですが、もちろん頭が千切れるほど自分でも考えつくしましたし、試行錯誤もしました。
そして、ある程度エンタメの執筆になれてくると、こうも思うようになりました。

「なんだ、ストーリーなんて誰でも考えつくものだったんだ」
実は私にストーリーテリングの才能があった、という話ではありません。
小説や、漫画、映画にある程度親しんでいる人であれば、本気で真剣に考えまくれば、長編一冊程度のストーリーってけっこう誰でも考えられるんです。

私は最初、「自分はストーリーなんて考えられない」と思いこんで、安易な考えで純文学に逃げていたのかもしれません。けっこうそういう人、いると思います。

次回は、どうやって二作目を書けたのか、どのようにストーリーを考えていったのかを書いていこうと思います!


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