元介護職員からみた『ファーザー The Father』

私、前職は介護やってたんですけど。
その経験も思い出してみると、この作品はエグすぎて。
正直ゲロでした。見る価値の大いにあるゲロ(めちゃくちゃほめてます)

映画『ファーザー』。
認知症になった父を介護する話です(ざっくり)
経験があったせいでどうしても目についてしまって、衝動的に見てきてしまったので、元介護職員的な視点も踏まえて感想と「ここがスゴイ」を書きます。

書きやすいので主語をデカくしますが、あくまで一介護職員だった者が過去教えられた知識と個人の私見で書きます。あしからず。


認知症がコレ一個で体験できる地獄の欲張りセット


介護職やってていろんなことがありました。
顔も名前も一致しないのは当たり前。
さっき言ったことを忘れる。
かと思えばいつ言ったかわからないようなことを急に思い返され不安がる。
人の家を自分の家と錯覚し、「ここは俺の家だ! 何勝手に入ってる!出てけ!」と怒鳴られる。
認知症になったことを自覚できず、介護を拒否する。「俺は全部自分でやってる! そうだろう?(やってない)」
自分でなくしたものを「誰々が盗ったんだ! そうに決まってる!」と決めつけ怒り出す。
家族が面会にきても顔もわからず、「どうして…」と泣きわめくさまを廊下の曲がり角から見守る、なんてことも実際にありました。

こういった事例、全部詰まってます。
介護職やってて、認知症の人を相手したときのケース、この97分でだいたい浴びることができます。ヤッベ~。
個人的な話なんですが、「ここは俺の家だ! 出ていけ!」と叫ばれるのトラウマ過ぎて普通に目を覆ってしまった。トラウマを引き起こされるくらいリアルに再現されてる。

それに対応する介護職員(作中では介護人と呼ばれる)の対応もリアル。
認知症の人相手って基本的に相手の言ってることを否定せず受け入れていくのがセオリーだったりするんですが。
そんな感じで、作中でも介護人が認知症の父の言うことに肯定も否定もせず、ただ「それよりお薬飲みましょうか」とだけ言い続けるシーンとかがあって、(ウワ~~~! これメッチャ見覚えある~~~……ヤダ~~~~……)となってしまった……。

映画としてストーリーを楽しみつつ、認知症介護の空気感をインスタントに感じることができるすごいキットだと思います。


怖いのは「脚色されてないところ」


物語って面白くなるならある程度脚色はしてもいいと思うんです。
でもこの映画は、演出は凝っていても起こっている事象は認知症介護の現場で起きていることほぼまんまなんですよね。
「認知症介護の現場で起きていること、盛らなくても物語になってしまう」ってこれめっちゃ怖くないですか?
怖いっていうのは認知症と、認知症の介護でここまで周りの人間の精神ズタボロになるっていう事実が怖いって話ね。
実在の連続殺人事件を元ネタにした『冷たい熱帯魚』ですらラストは脚色しているのに、脳の異常はそれを超えて、ただそのままの味が恐ろしい。


演出は難解で、その難解さはそのまま面白さになる


さっきまで話していた人の顔が次のカットで突然別人になったり、
見たことあるカットを何度も繰り返したり、
この映画は物語がシンプルなかわり、演出は難解です。
見ている側も混乱します。私も初見だと「?」だらけだった。
でもそれ自体が狙いなんだなーと。
この映画は認知症の当人視点で作られているんです。
脳に異常をきたしてる人間の一人称なんです。そりゃ整合性が取れない。
認知症の父も困惑している。私たちも困惑している。
その難解さ自体が父の認知機能低下の追体験を再現している。
こうやって認知症への理解を深める方法があったのか、と驚きました。
誰だってこんな経験の渦中にいたら不安に襲われるのも仕方ない、かも。


とまあこんな感じで、単純なサスペンス映画として楽しみつつ、主観からも客観からも認知症介護の現場を体験できるスゲー映画でした。
見てて爽快感あるわけじゃないけど静かに作品パワーを感じる映画でした。






ここからは完全に余談、そして少しネタバレ。



この映画の認知症の父親でさえ、まだ幸せな方だよなぁと思う。
本人からしても、周りからしても。
足腰は便利だし。まだ覚えていることも多いし。嚥下機能はしっかりしているし。綺麗な施設に住んでいる。しかも「ご飯を食べたら散歩に行きましょう。そのあとはお昼寝して、起きたらまた散歩に行きましょう」と、利用者一人につき職員が一人ついてるみたいな言い方だ。まあこれはでまかせで、実際には寝て起きたら適当にはぐらかしていてもおかしくなさそうだけど。
こういう、認知機能だけバグった人もいたけど、実際には認知機能がバグるのと並行して身体もどんどんガタがくる人が多い。
「だから、なんだかんだ言っても恵まれている方の話だ」と言いたいんじゃない。これでも恵まれていると言われてしまう基準がヤバイよなぁと改めて思った、という話。
人の死に際って恐ろしい。もーちょっと、どうにかなればいいのになぁ。


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