槇亜砂子

ふだんは会社員。胸の中にひっそりと息づいてるような、小さな小さな物語たちを、ゆっくりと…

槇亜砂子

ふだんは会社員。胸の中にひっそりと息づいてるような、小さな小さな物語たちを、ゆっくりと書いていきたいと思います。

最近の記事

雪降らば

そのひとは、東京から来た技術者だった。 私の会社の大きなお客様を担当している人で、毎週火曜日に新潟にやってきて、お客様先でメンテナンスの仕事をし、金曜日に東京に帰って行くグループのリーダーだった。私より一回りくらい年上だと人づてに聞いていた。 事務をしている私とは仕事の接点はなかったが、担当営業グループの島が隣で、何度も顔を合わせているうちに少しずつ雑談などするようになり、そのうち残業後に流れて飲みに行くのに居合わせた私も誘われて同席したりした。 終始賑やかに明るくはし

    • 長い間

      ひどい別れ方をした人がいた。 ひどい、というより、正確には別れるに当たりきちんと話し合えず、その話し合えないことがあまりに苦しくて、彼が事務局をしていた大きな泊まり掛けの会議で夜飲みすぎて、彼を呼べと大騒ぎした、というとても恥ずかしいことをしでかしてそれっきりになっていた。 ずっとずっと気になっていて、10年以上の時間が過ぎた頃、ちょうど仕事の変わり目になり、たまたま彼に近い人と話す機会があって、今の連絡先を知ることができた。少し迷ったけれど、思い切って電話をして、会う約束

      • Like A Virgin

        ロストバージンは18歳。 大学一年の夏。その当時としてはきわめてありきたりの時期だった。 相手は付き合っていたサークルの先輩。これまたありきたりの相手だった。 その先輩とは、春のコンパで酔っぱらってうっかりキスしてしまったことから付き合いが始まった。 特に恋愛感情を持っていたわけではないが、その当時はキスしてしまったらつきあわなければいけない、となぜか思い込んでいて、そのまま交際が始まった。 つきあい自体は可もなく不可もなく続いて行った。付き合っているのだから、相手のこと

        • Boy in the Bubble

          こんなはずじゃなかったのに。おかしいなあ。 狭い布団の中に、ひとつ年下の男の子と二人で横になりながら、彼の腕の中に入りながら、首を傾げ続けていた。 彼は、知人の片思いの相手だった。 二人はほんの一時期つきあってみたことがあったけど、うまくいかなくて別れてしまった。でも知人の方は時間が経つとやっぱり彼のことが忘れられないことに気がつき、そのまま片思いしているのだと聞かされた。 その時は「ああ、そうなんだ」と思っただけだった。 その後彼女と彼と他の仲間たちの飲み会にたまた

          蒼夜曲(セレナーデ)

          封筒の中には、2枚の切符だけが入っていた。 「年末のことだけど」 電話で勇気を振り絞って口にしたら、「ごめん」という言葉が返ってきた。 ごめん。年末はそっちに行けない。 これからも行けない。 今までのように二人で会うことはもうできない。 ごめん。 そこで電話が切れた。ツー、ツー、ツー。 遠距離で5つ年上の社会人とつきあっていた二十歳の時。 寂しいけど、何とかなると思ってた。携帯電話のない時代。ひたすら手紙を書いた。他愛ない学生の日常生活。こんな本を読んだとか、こんな映

          蒼夜曲(セレナーデ)

          Guilty

          そのバーは、カウンターだけの小さな基地のような店だった。 店主は50代後半くらいの男性。いつも蝶ネクタイを締めて、タータンチェックのベストを身につけていた。 早い時間はマスター一人、遅くなるとアルバイトの女性が一人加わって店を切り回していた。 決して安い店ではなく、マスターの手づくりのチャームと飲み物一杯で5000円を覚悟する、そのくらいのレベル感。その代わりマスターが厳選した季節の食べ物、プロの腕できっちり仕事したカクテルなどが味わえる。常連客も心得た大人が多く、賑や

          ハッシャバイ

          「わたしの本当のおかあさんは遠いところにいるの。」 小学生の頃の、一番のお気に入りの空想のモチーフだった。 その頃、わたしは空想が大好きで、ちょっとでも気を抜くと心はここから別の世界、空想の世界に飛んで行ってしまう子どもだった。本で読んだスプーンおばさんやネズミのミス・ビアンカの世界、偉人の伝記の世界、そして自分で勝手に作り出した「わたしの出生の秘密」のお話の世界の中にいるのが大好きだった。 「本当のおかあさん」はお金持ちで、でも悪い人にだまされてわたしと離ればなれにな

          ハッシャバイ

          Confusion! (part2)

          ※「Confusion!(part1)」の続きです 6月の曇り空の下、体育祭当日がやってきた。 結果としては、最下位はまぬがれたけど上位入賞もできず、真ん中くらいの中途半端なものだった。それでもここ一カ月一生懸命がんばってきたことの区切りがついて、思ったほど落ち込まず、先輩たちとの打ち上げに向かった。 うちの高校は旧制中学だったせいか、当時は妙に大人びた風習が多く、そのうちのひとつに体育祭の打ち上げを大人が普通の宴会をやるような会館でやるというものがあった。もちろんノン

          Confusion! (part2)

          Confusion! (part1)

          私が通っていた高校の体育祭は、毎年6月だった。 学年の同じ数字のクラスが、1年1組・2年1組・3年1組という風に縦断でまとまってひとつのチームになって、その単位で学年を越えて選手を選んで競い合う、というやり方を取っていた。 準備期間は約一カ月。その間にそれまで接することのなかった男子女子が顔を付き合わせて勝利に向かって活動する。年頃の男女が寄り集まれば、当然生まれてくるのが恋愛感情。一週間もすると誰がカッコイイとか好みとか、そんなひそひそ話が女子の間ではされていた。 そう

          Confusion! (part1)

          サクラリベンジ

          週末ちょうど桜が満開になりそうだから、見においでよ。夜桜。 仕事で知り合ったその人は事も無げにさらりと言った。コーヒーショップでの打合せの席で。 おいでよ、と言ってるその街は、車で2時間ほどかかる場所。そこで夜桜を見るとなると、どうしても泊まることになるだろう。 いいの? 微妙な表情で私が聞くと、うん大丈夫、と答える。その表情には何も見えない。 ただ、肩のあたりから、なんとなくだけど、私に興味を持ってる空気が感じられる。たぶん、うぬぼれじゃなければ。 当時出口のない

          サクラリベンジ

          胸の中にひっそりと息づいてるような、本当のような嘘のような、そんな物語を少しずつゆっくりと、書いていきたいと思います。

          胸の中にひっそりと息づいてるような、本当のような嘘のような、そんな物語を少しずつゆっくりと、書いていきたいと思います。