Boy in the Bubble

こんなはずじゃなかったのに。おかしいなあ。

狭い布団の中に、ひとつ年下の男の子と二人で横になりながら、彼の腕の中に入りながら、首を傾げ続けていた。

彼は、知人の片思いの相手だった。

二人はほんの一時期つきあってみたことがあったけど、うまくいかなくて別れてしまった。でも知人の方は時間が経つとやっぱり彼のことが忘れられないことに気がつき、そのまま片思いしているのだと聞かされた。
その時は「ああ、そうなんだ」と思っただけだった。

その後彼女と彼と他の仲間たちの飲み会にたまたま混ぜてもらったことがあり、彼とも少し言葉を交わした。
「へえ、関西出身なの。全然関西弁出ないんだね。」私が言うと、
「周りに関西弁話す相手がいないと出ないんだよ。」と彼。
特別構えることもなく普通に私とも雑談をしてくれて、その様子に「ああ、この人、もしかしたらいい人かも」と思った。

当時私は大学四年生。就職も決まり、バイトをしながら卒業までの時間を過ごしていた。学生の内にしか会えない人に会って話をしておきたい、と思っていて、その中のひとりとして彼の顔が思い浮かんだ。一瞬知人の子のことも頭をかすめたけど、好奇心に勝てなかった。

さすがにいきなり二人きりで居酒屋で向かい合った時は話も途切れ気味だったけど、そのうちお酒も進み、お互いけっこう苦学生という共通点が見つかって、貧乏話で盛り上がった。こんな奨学金をもらってるだの、こんなバイトをしてるだの、若干自虐も込めてくすくす笑いながら話しているうちに、ふと彼が真顔になった。

「俺は、貧乏だからといって俺をバカにしたやつらを絶対に見返してやるんだ。絶対に」

突然剥き出しの彼のこころに触れた気がした。
そして、ああ今日は私は帰ってはいけない、そう思った。
今夜は彼とこのまま一緒にいるべきだ、と。

最終のバスがなくなり、
「遅くなったけどどうするの」「…帰れなくなっちゃった」
彼は一瞬黙って、軽くうなづいて、「じゃあもう少し飲むか」と飲み物を追加した。

何も言わずにそのまま彼のアパートに一緒に歩いて行った。
部屋には布団は一式だけ。
彼はCDプレイヤーにポール・サイモンの「Graceland」を入れた。
服を着たまま布団に入って横になると、布団に入ってきた彼の手でその服は脱がされた。

「俺、女の人とこんな風に過ごすの初めて」私を腕の中に入れながら彼はそう言った。
「そうなんだ」私でよかったのかな、ごめんね、と思っていると。
彼の手が私の片方の乳房を下から支えながら

「小さなうさぎみたいだな」

そうしみじみと言った。柔らかい微笑みだった。
自分の胸のことをそんな風に言ってもらうなんて、考えたこともなかった。そんな素敵にたとえてくれるなんて。

ああ、私この人のこと好きになるかもしれない。もう好きになっちゃったのかもしれない。
裏切っちゃってごめん。ぎゅっと目をつぶると、彼の唇がやわらかく降ってきた。

外は夜明け。部屋にはリピート演奏の「Graceland」が流れ続けていた。ちょうど一曲目、何度目かの「Boy in the Bubble」だった。

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♪B.G.M  「Boy in the Bubble」ポール・サイモン (アルバム「Graceland」収録曲)

※このストーリーはフィクションです

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