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死ぬなって言える?【ショートショート】

わかった時には私の腎機能は5割になっていた。
健康診断で、血圧が高いと言われたのがきっかけでわかった。
この病気は家族性のものらしいけど、私の場合突発性だったから、診断がつくのに時間がかかった。
正直、自覚症状なんてないような気がする。言われてみれば疲れやすいような気もするけど。けどもともとの貧血もあるし。あ、貧血も腎臓のせいなのか。

ひとりカウンターバーで飲んでいた。ふらふらと歩いてたどり着いた店。食欲もなくてすきっ腹にアルコールを流し込んだ。揺れる視界を見ながら、ああ、わりとショックだったんだなあ、と思った。
へべれけになった女の横に座るのなんて、だいたい一夜お相手したいって男だ。
「死にたいなんて言っちゃだめだよ」
突然その男は言った。最初反対隣にでも向かって言ってるのかなあなんて思いながら男の方を向くと、こっちを真顔で見ていた。
「あなたが死にたいなんて言うから」
へ?と思った。そんなこと言った覚えはない。
「言ってたよ、死んじゃいたいって」
男はビールをふたつ頼んでひとつ私の前に置いた。
「話聞くからさ」
ほお、じゃあ聞いてもらおうじゃないの。
「私腎臓悪いんだってさ。いずれ透析になるんだって。家族が腎臓くれるって言うけど、人の腎臓もらってまでねえ」
自虐的に笑った私を、まるで儚い少女でも扱うかのように慰めてきた。
「くれる人がいるならもらえばいいじゃん、死ぬなんて簡単に言っちゃダメだよ」
あ、こいつ馬鹿だなと思わずにはいられなかった。私の中に悲しみと憤りが広がる。
「人に死ぬなって言うなら、相手の人生に責任持たなきゃだめでしょ」
私が反論するなんて微塵も思わなかったんだろう、男はひるんだ。ぴーぴー泣いて、そうね、慰めてくれてありがとう、とでも言うと思ったか。あわよくばその流れで…とでも思ったか。
「じゃあさ、あんたの腎臓ちょうだいよ」
男の顔がぽかんとした後怒りに満ちていくのがわかった。
「なんで俺がやらなきゃならないんだよ、家族にもらえば…」
「あげた人だってリスクあるのよ、そんなことも知らずに言ってたわけ?」
私は立ち上がって財布からお金を出してカウンターに置くと笑いながら言った。
「あんたのならもらっても罪悪感ないしね」
男は何かもごもごと言っていたが私はばからしくて付き合わなかった。

店の外に出ると、私は道行く人の目もはばからず、大声で泣きながら駅へ向かった。

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