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悔いて【ショートショート】

高校生の頃、仲の良かった友達と口を聞かなくなった。
私は幼稚園に通う頃から「お心が強い」と言われており、自分で言うのもなんだが、我慢強いほうだった。
その子が何をしたのか、何がきっかけで口を聞かなくなったのかは、思い出せない。
そんな些細なことだったが、多分積み重なって嫌になってしまったのだ。
その子はそれからも何度も私に話しかけてきた。
けれど私がそれに応じることはなく、そのまま卒業して、それから40年の時が流れた。

あと2年で還暦を迎えようとしていたら、大病を宣告された。
死に至る病を抱えると、人は残された時を悔いなく過ごそうと思うものかもしれない。
身勝手な話だが、その子ともう一度話したくなった。

必死に伝手から伝手をたどり、ようやく彼女に連絡が行き着いた。
余命いくばくもなくても、そこまで突っ走った感覚だったわけではない。
拒絶されるだろうとは思っていた。
それでも連絡をすることは諦めたくなかった。それだけだ。なんというエゴだろう。

「久しぶり!元気だった?」
改札から出てきた彼女は、まるで先週会ったばかりのように話しかけてきた。あまりの自然な笑顔に、むしろ私の方が戸惑ってしまった。
「少し疲れてるみたいだけど…大丈夫?」
彼女は小首を傾げて聞いてくる。
「あ、ううん、大丈夫」
病気のことは打ち明けるつもりはなかったので、曖昧に返した。
カフェに移動してから、卒業後彼女がどうしていたのか聞いた。どこの大学へ行ったのか、それすら私は知らなかった。けれどそんなこと気にもせず、彼女は離れていた年月のことを話してくれた。私はただ静かに聞いていた。
「それで、知子は最近どうなの?」
変わらず屈託のない笑顔で聞かれて、我に返る。
「私は…」
余命いくばくもないから後悔したくなくて連絡したなどとはいえなかった。結局はぐらかしてその日は別れた。

やがて私は日常生活すら自分一人では行えなくなり、家族もないのでホスピスに入った。
ここでの日々は静かだ。訪ねてくる友人もないからだ。
いよいよ起き上がるのもつらくなった頃、1人の訪問客があった。
彼女は泣いていた。私はまるで他人事のようにぼんやりとした頭でそれを眺めていた。
私はようやっと、ありがとう、と声を発した。
彼女は私の手を握り、忘れたことはなかった、と言った。ずっとどうしているか気になっていたと。けれど嫌われた自分が連絡とっても嫌がられるだけだと思っていたと。だから私から連絡があって嬉しかったと。

私は涙を流していた。
からっからに干からびたこの体から、まだ溢れ出すものがあるとは思いもしなかった。
薄れゆく意識の中で、宙から自分の体とそれに覆いかぶさって泣く彼女を見ていた。

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