お風呂の底の世界

お風呂に入っていたときだった
何かした覚えはないのだが 何かしてしまったのだろう

浴槽の底が溶けたキャラメルのように ぐにゃぐにゃになってしまった
ぐにゃぐにゃの底では私の体重は支え切れず びよーんと伸びた底は徐々に薄くなっていき とうとう私の体は浴槽を突き抜けて落ちてしまった

浴槽の下は それこそキャラメル色の泥の中のようだった
そこを泳ぎ行くのだけれど 不思議と呼吸は苦しくなかった
むしろ 耳の横で鳴る とぷん ぶくぶくぶく という音が心地よかった

しばらく泳いで(というか落ちて)いくと 建物らしきものが小さく見えた

近づいてみると街だった

建物の大きさは地上のものと変わらないが 泥の中は上にも下にも泳ぎいけるので 建物はてんでバラバラな向きに立っていた

八百屋さんも魚屋さんも花屋さんもケーキ屋さんもある
郵便局もある
団地の中にある商店街を思い出した

ところどころある丸い泡のようなものが どうやら家らしく 丸い窓から人の姿が見えた

そういえば 私はいつの間にか服を着ていた
お気に入りの 白地に葉っぱの模様のワンピース
泳いでいるのに 濡れても汚れてもいない

街ゆく人が微笑んで 声をかけられた
「お買い物ですか?」
気づくと私は買い物かごを提げていたのだった
「ええ、ちょっと八百屋さんへ」
私もにっこり笑って答えた

せっかくなので八百屋さんへいき にんじんとじゃがいもと玉ねぎを買った
今日はカレーにしよう
お肉屋さんへも寄った
お花屋さんでチューリップの花束を買って ケーキ屋さんでサヴァランを買った
記念日でもなんでもなかったが なんとなく買ってみたかったのだ

買い物をしてしばらく泳ぎ行くと 草原があった
ぴゅおーと風が吹いて 海のように草が波うっていた

草原に降り立つと 歩くことができた
いつまで歩いても地平線が見えていたのに 突然 見慣れた景色のところに出た
家の前の道だった

家に着くと チューリップを花びんに生け お湯を沸かした
やかんがぴーと鳴ったらティーポットに紅茶を入れ お湯を注ぎ 3分待った
お茶を飲みながらサヴァランを食べた
サヴァランには 味わったことのない不思議なお酒が使ってあった

一息つくと カレーを作った
おいしかった
野菜の甘み お肉のコク いつものものとなんだか違うのだった

食べたらお風呂に入ることにした
今夜のお風呂は格別だった

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