見出し画像

カフェスタンド始めました【ショートショート】

我が家は郊外にある。
郊外どころか里山に近い。
けれど最近団地やアパートもできて、新しく住み始める人も増えた。
我が家は新興住宅地からバス停へ向かう途中にあるので、試しにカーポートで飲み物を売ってみることにした。

カーポートには屋根があるので、タープなんかはつけずに、その下にキャンプ用の折り畳みテーブルを置いて、そこに道具をセットする。椅子は申し訳ないけれどキャンピングチェアだ。
と言っても、家の中でお湯を沸かして淹れてくるので、ここに置いてあるのは、コーヒー豆や茶葉の香りのサンプルくらい。
紅茶が好きなので、茶葉は取り揃えてみた。定番のダージリンに、イングリッシュブレックファスト、ウバにちょっとスパイシーなキームン。コーヒーは私自身苦手なので、信頼できる豆屋さんに焙煎してもらったブレンドを、教えてもらったとおりの淹れ方で出している。

茶器はロイヤル・アルバートが多い。母の趣味だ。軌道に乗ってきたら、ちょっと奮発してロイヤルコペンハーゲンやマイセン、ヘレンドなんかも買いたい。少し古い角ばったウェッジウッドも魅力的だ。

テーブルも、木の板を渡したカウンターにしたい。

それらしく見えるよう、のぼりだけはインターネットで注文して立ててみた。「ホッとひと息お飲み物はいかがですか?」としてみた。少し長かったな。

初めてのお客さんは、顔見知りのご近所さん。定年退職したばかりで毎朝このあたりを散歩している人だ。コーヒーの注文を受けたので、緊張しながら習ったとおりに淹れてくる。
「コーヒー屋さん始めたんだねえ」
「はい、そうなんです、昔から憧れていて」
「うん、おいしいよ、コーヒー、また来るね」
初めてのお客さんは手を振りながら去っていった。よかった。喜んでもらえて。

次のお客さんは昼前まで来なかった。
こちらも近所のマダム。
近所のスーパーの袋をさげている。
「紅茶にしようかねえ。飲みやすいのはどれかねえ?」
「ダージリンなんかどうですか?」
「じゃあそうするかね」
ダージリンを出すと、おしゃべりが始まる。
「公民館のサークルに通ってるんだけどねえ、みんなちっとも早く来ないから、いつも私が用意するんだよ。全くこんな年寄りにね」
「あらあら、それは大変ですねえ」
「ねえ、ほんとうに。最近の若い人はねえ‥」
マダムはひとしきり公民館活動の愚痴をこぼした。
「あー、聞いてもらってすっきりした!主人は聞いてくれないからねえ。また来るわ」

次のお客さんはもう夕暮れ時。
少し疲れた顔をしたサラリーマンだった。
「ブレンドを」
ひとこと言うと、くたびれた風に深く深く椅子に腰掛けた。
「ブレンドです」
「ありがとう」
静かに飲み始めたサラリーマンが、驚いたように目を見開く。
「おいしい。僕はコーヒーは好きなんだけど、こんなにおいしいのは久しぶりに飲んだよ」
先程のくたびれた様子とは打って変わって。
私は微笑む。
「信頼できる珈琲屋さんに焙煎してもらって、教えてもらったとおりに淹れてるんです」
「そうか、そうなんだね。美味しいしとても丁寧なのがわかる」
「ありがとうございます」

サラリーマンはポツリと語り始めた。

「今日ちょっと失敗をしてしまってね、過信だったんだ。慣れた取引先だからとね。私も初心に立ち返って丁寧さを心がけるよ」

サラリーマンはありがとうと言って去っていった。

空が藍色とオレンジ色のコントラストになった頃、父が帰ってきたので、店じまいしようとした。父の車を入れる場所だから。

すると、1杯くれ、という。居酒屋みたいだ。

少しだけ車は路上駐車。空の橙色と藍色が混じっていくのを見ながら、父はブレンドを飲む。

「空を眺めながら飲むのもいいな」

ポツリと言った。

私は照れくさくて何も返せなかったけれど、父は返事は求めていないようだった。

飲み終えると店じまいを手伝ってくれた。 

「今日、何人きた?」

「お父さんで四人目」

「そうか」

父はゴニョゴニョと言った。

「明日はまたくるだろ」

私はまた照れくさくて、うん、と答えた。


お茶とこの場所、みんな気に入ってくれたかな。

明日も良い天気だといいな。そう思いながら空を見上げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スマホの調子が悪く、noteのエディターが途中で使えなくなり、改行がおかしくなってしまいました。

エディターの編集画面に戻れないので、アップロード後修正したいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?