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私の存在しない世界【ショートショート SF】

リサイクルショップへ楽器を見に行った。するとなぜかエフェクターの隣にこんなものが置いてあった。「リセットスイッチ」。自分の存在しなかった世界を体験できるらしい。なぜ楽器コーナーに?と思ったが、エフェクターとほぼ同じくらいの大きさだったし、店員が間違えておいたのだろう。値段は千円。買ってみた。

店を出て早速押してみた。周りを見渡してみる。なんだ、何も変わらないじゃないか。

歩いてアパートへ帰る。鍵を開けようとするが開かない。主人は仕事だ。困ったと思いながらラインしてみようとアプリを立ち上げる。しかしそこには一つも連絡先がなかった。電話帳にも。

こんな時に限ってスマホまで壊れたのかと思い、車に乗ってスマホショップへ行く。

「すみません」店員に呼びかけるがなぜか無視され続ける。何と言う店だと思いながら仕方無しに出る。

やむを得ず、主人の職場へ行ってみるとそこは‥‥なんと更地になっていた。道を一本間違えたかと思いもう一本先へ行ってみる。いや、やはりさっきの道だ。つい先週送ってきたはずなのに。

実家へ行ってみる。いつも車を止める位置には別な車が止まっていたので仕方なく路上駐車して家のドアを開けると鍵は空いていた。けれど留守で誰もいない。全く不用心だなと思いながら自室へ入ると、そこには見慣れぬものがいっぱい置いてあった。私が趣味で置いていたドールハウスや天使の置物などはなく、まるで男の子の部屋のようになっていた。

玄関のドアが開く音が聞こえたので、これはどういうことかと聞こうと思い降りていくと、母と弟の嫁の声がする。珍しい、大阪にいて滅多にここへは来ないはずなのに。二人は買い物袋を下げてスーパーから帰ったようだった。

奇妙なのは、私を見てもなんの反応もせず、私を避けて通り過ぎて行ったことだった。「あのさあ」と母に話しかけるが振り返りもしない。仮に母の耳が遠かったとしても、弟の嫁の行動の説明がつかない。私は知らぬ間に何かをして二人から嫌われてしまったのだろうか。

不安になって、私は主人の実家へも行ってみる。正直、あまり寄り付きたくなかったが。すると、今日仕事のはずの主人の声が聞こえる。仕事をサボって何をやっているんだ、とカッとなった。チャイムを押しても誰も出てこない。居留守だろうか。しかしアパートへ入れないのは緊急事態なので、「ごめんください」と声をかけて入らせてもらう。しかし返事はない。おそるおそるリビングダイニングへ入っていくと、そこには子供と遊ぶ主人と、見知らぬ女性、そして、キッチンで笑う姑の姿があった。そして一様に私の姿を見ても何も言わない、というか、みんなの目に入る場所にいるのに、私の姿はみんなの目には映っていないようだった。アパートで飼っていた猫もいて、猫のご飯やトイレも置いてあった。

職場へも行ってみた。私のデスクには他の女性が座っており、私がパソコンに飾っていたマスコットもなかった。当然、職場の人も誰も私の存在には気づかず、かといってぶつかりはせずに避けていく。

夕方頃アパートへ戻り、玄関辺りにいると、知らない男性がそこへ入っていった。

ようやく理解がいった。私は幽霊みたいなものだ。誰とも関わることはできない。しかも、私は最初からこの世に存在していなかったことになっているようだった。

主人はほかの女性と結婚し、欲しがっていた子供も授かることができ、幸せそうだった。

弟夫婦は、私がいないので、両親を心配して家族で実家へ移り住んでいるらしかった。

なあんだ。やっぱり私は存在する必要なかったんだ。みんな幸せそうだし、よかった、と思った。

私はこの世からはみ出してしまったらしい。これからもみんなの幸せを見守り続けようと思う。

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