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立食パーティにちゃぶ台【ショートショート】

「うう、今日は特に冷えるな」
カッコつけてウールのコートなんか来てこずに、いつものセーターにブルゾンを着て来ればよかった。
会場は何やら結婚式場を一部屋貸し切っているようだ。
入り口の手前で招待してくれた張本人を見つけ呼び止める。
「石井先生」
他人が多いので、石井先生はキョロキョロしている。隣の女の人が、あそこですよ、と指を指してくれて初めて俺に事に気づいた。
「本田くん、来たんだねえ」
「先生、来たんだねえなんて御挨拶な」
「いや、本田くん、こういう場所、あんまり得意じゃないだろうなあと思って」
石井先生は忌憚無き意見を言う。まあ、たしかに。この一張羅も友人に借りたものだし。
「まあまあ先生、中に入りませんか?本田さんも御一緒に」
一緒にいた女性が、早く温かい部屋に入りたいようで促された。
パーティー会場は明るく、ほんとによくある立食パーテイだ。
その中にひときわ違和感を放つ一角があった。
「石井先生、なんであの人ちゃぶ台なんですか?係の人も何も言わないのかなあ」
「バカ、あれが今日の主役の一文字三郎先生だよ」
「え?あの、江戸時代の活劇物で有名な作家の?」
「主役だから仕方ないんだよ」
仕方ないにしたってねえ。ちゃぶ台だけならまだしも、どうやら湯呑みや、しかも食べ物(どうも漬物のようだ)まで持参のようだ。
主役がこんなんでこの先どうなんだよ、やれやれと思っていたら、演台で司会が話し始めた。一文字先生演台へどうぞ、と言っている。
「私はここでいい!このちゃぶ台から話す」
何度促しても聞かないのに司会も諦めたのか、「それでは一文字先生、よろしくお願い致します」などと言ってマイクを渡してしまった。
「ああー、この度はみんな来てくれてどうもありがとう。今回の作品は‥」
一文字先生が話し始めるが、どうもちゃぶ台の前に座ったままだとしまりがない(しかもちゃぶ台の上はお皿やなんかで散らかっているし、そもそも本人が部屋着なのだ)。
みんな、一文字先生のスピーチを聞きながらも、やっぱり気になるらしくぼそぼそと喋っていて、どうやらそれが先生の気に触ったらしい。
「そこの君!なんだね、人のスピーチ一つも聞こうとできないのかね」
俺の少し前方に立っている女性が言われてしまったらしい。
たしかに私語をしていたのには否はあるが、女性の方もムッとしている。周りが止めようとしているが、その女性は会場を出ると言っているようだった。
と、そのとき、会場のドアがバーンと開いた。
みんな一斉に振り返る。とそこにはおかんがいた。
おかんは一文字先生のほうへつかつかと歩み寄り、「あんた、なにしてんの!?」
と周りまで縮こまるような大声で先生を叱り飛ばす。
「だって俺‥このちゃぶ台ないと緊張しちゃって」
「おじいちゃんの形見だって言ってるやろ!持ち出したらあかん言うたやろ!」
「だって大事な会やったから‥」
「あほ!形見のが大事や」
おかんは、一文字先生の首根っこを掴んで立ち上がらせた。
「みなさん、ご無礼いたしました。ほな帰るので、あとはよろしゅう」
おかんは先生を引き擦り、会場の人がちゃぶ台などを丁寧に撤収した。
みんな呆気にとられていた。そもそも主役が居なくなってしまうなんて。しばらくの沈黙後、石井先生がぼそっと言った。
「まあ、びっくりしたけど、せっかくのお料理だし、頂いて帰ろうか」
周りのみんなもそれにならい始めた。
かくて、あのちゃぶ台なき後のほうが盛況だったことは、その日の主役にはけっして誰も言えまい。

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