この上なく惨めな夜③【ショートショート】

前作はこちら↓

https://note.com/asaki56/n/n107931426001

「いたっ」
靴ずれした。慣れないパンプスを履いてきたからだ。どうせ仕事中は履き替えるのに。踵のとこの皮膚が剥がれてジュクジュクしていた。
いつもだったら無駄遣いしないけれど、座りたかった。やむを得ずカフェへ入ることにした。
すぐにでも足を休めたかったので、近くにある入ったことのないカフェを選んだ。
カプチーノとブラウニーを頼んで待っていると、向こうの方に見たことのあるような男がいることに気がついた。
すると、その男が立ち上がり、こっちへ向かってきた。
「榎田さーん、久しぶりじゃないですか!」
明るいさわやかな好青年。屈託なく声をかけてくるが、あたしには思い出せない。
「誰だっけ?」
あたしの問いに、彼はいたくショックを受けたようだった。
「池田ですよ!池田章政!サークルで一緒だった」
サークル、サークル…ああ、ワンダーフォーゲル部か。あたしが幽霊部員だった。サークルで会った?あたしは覚えていない。どうして覚えているのか不思議で仕方ない。
「榎田さん、今仕事帰りですか?」
「そうだけど」
「僕も今日直帰なんで。よかったら飲みに行きませんか?」
「ごめん、あたしお金が…」
「奢ります」 

池田某がご飯を食べさせてくれるというので、金欠病のあたしは、迷いなくついていくことにした。

「で、榎田さんは今何してるんすか?」
まだ一杯目のビールでスパッと聞いてくる。あたしは言いたくないからお茶を濁す。
「あたしは、カフェとかやってみたくてちょっと…」
Webクリエイターをやっていたが、くびになったなんて言えない。
池田はすでに随分酔っ払っているようで、あたしの言うことなんか聞いていなかった。
「俺はずっと、榎田さんに会いたかったんですよー。榎田さん卒業したあとも、ずっと会いたくてー」
はあ。接点が一つも思いつかない。
「ひとめぼれでした!俺、歓迎会ん時会って、それで…それでずっと好きで…でも榎田さんサークル来ないから…構内で見かけるたびにどきどきしてました」
あまり驚きはしない。というか、突拍子過ぎて嬉しいなんて感情に急には結びつかない。
「いいよ、うちくる?」
なにげなく誘っていた。
「え?ほ、ほんとですか?なんか、久々に今日会ったばっかなのに、いいんですか」
「うん、ご飯のお礼。うちも少しならお酒あるし。呑みなおそうか」

店を出て、二人並んで駅まで歩く。
池田は緊張して口数が少ない。
二人黙々と歩いていたとき、前から歩いてきた男に声をかけられた。
「榎田!…と池田?」
今日は唐突に会う日みたいだ。
「加本先輩!お元気ですか?卒業前に富士山登って以来ですかね?」
池田はご主人様を見つけた犬のように尻尾を降っている。
「二人はどうしたの?もう帰るとこ?」
「いや、俺らもほんと偶然会って、もう一軒いこうかって」
なぜかもう一軒いく話になっている。
結局三人で居酒屋へ入ることになった。

「でさー、いっつもそうなんですよねー」
池田の恋愛失敗談をエンドレスで聞かされていた。さすがにお腹いっぱい。奢ってもらったご飯もお腹いっぱい。
「加本さんは?絵梨花とうまくいってる」
加本さんは、一瞬、え?という顔をしたが少し笑って言った。
「別れたよ」
別れた。絵梨花から聞いたあの話は関係あるのだろうか。あたしのことが忘れられないという話。
「まあ、俺の話はつまんないよ。池田のが楽しく話してくれるじゃないか」
そう思って見たら、池田は酔いつぶれていた。アタシは加本先輩と顔を見合わせて笑った。
「帰りますか」
「そうだね」

池田に肩を貸しながら、加本さんは言った。
「今度よかったら二人で食事行かない」
「じゃあ、連絡待ってます」
「それが…こないだくれた紙、絵梨花がビリビリに破いちゃってさ」
今度はケイタイで連絡先を交換した。
「今度の日曜どう?」
「いいですよ。11時半にカフェエスペランサでどうですか?ご飯も美味しいんで」
「ああ、いいよ。僕、池田くん心配だからタクシー拾って帰るよ。じゃ、ここで」
「あ、はい、また日曜に」

湯船に浸かりながら考え事をした。
覚えてもなかった後輩から好きだって言われた。一目惚れとも。
悪くない男性とデートすることになった。
私の人生。全部だめ全部終わったと思ったら、今度は上り調子のようだ。
どん底まで落ちたら、あとは上るしかないって、ほんとかもしれない。
先輩、絵梨花と別れたって。絵梨花どうしてるだろう。相当先輩のこと好きだったみたいなのに。
まあ、あたしのなんていらぬ心配だろうけど。
とにかく今は、日曜日が楽しみだ。何着ていこうかな。


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なんか、キャラがブレてしまいました(反省)。
妙に主人公が明るくなってしまいました。
二作目までとうまく繋がらず、すみません(;_;)


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