続:この上なく惨めな夜【ショートショート】

前編はこちら↓

https://note.com/asaki56/n/n68777d0f0d40

翌日、絵梨花から連絡が来た。「昨日はほんとにごめんねー🙇‍♀行けると思ってたのに、突然仕事が入っちゃってー😔埋め合わせしたいんだけど、明日のランチどうかな?」
断る理由なんてありすぎた。けど、この期に及んで何を言い訳するのだろう。それをあえて聞いてみたい。あたしの中から卑屈な感情が首をもたげた。

「沙織ー、こっちー、こっちだよー」
指定したカフェには、絵梨花のほうが早めについていた。
「ごめん、遅くなって」
とりあえず謝った。
「沙織なに頼むー?あたし日替わりのロコモコにしちゃったー」
正直、お腹が膨れればなんでもいい、そんな気分だったので、同じものにした。
注文し人心地つくと、
「沙織ー!おとといはほんとにごめんねー、心細かったでしょー、ほんとにほんとにごめんねー」
絵梨花はドタキャンのことを謝り始めた。
「ううん、いいよ」
私も、その日の行動に関しては疚しい気持ちがあったので、ドタキャンは許した。ただ、あの店のボーイとツーツーで、一昨日の晩のこと全部聞かれてるんじゃないかという不安はあった。けれど、絵梨花はそのことは本当に知らないようだった。
どうしたんだろう。絵梨花は突然押し黙ったかと思うと、なんだか落ち込んでいる様子だった。いつもなら人の話を遮ってでも喋り続けるのに。
やっとの沈黙を破って、絵梨花が話し始めた。
「私、ほんとは嘘ついてたの…ごめん」
いつものぶりっ子キャラは消え失せていた。
「加本さん。覚えてるでしょ」
加本さん。覚えている。大学のサークルの先輩だ。けれど私は、それ以上の関係だったときもある。だけど、誰にもバレてないはずだ。
「加本さん、覚えてるけど、どうしたの?」
しれっと言ったその言葉が、絵梨花の逆鱗に触れたらしい。バンっとテーブルを叩いて立ちあがる。
「どうしたの?どうしたのじゃない!沙織が何かしたんじゃないの?そうでなきゃ、加本さんが突然…あんなこと言い出すなんて…そんなことありえない!」
絵梨花はキッと私を睨んでいる。私の知らないところで、何かが起こってしまったらしい。
絵梨花は立ち上がって怒鳴った自分にハッとし、力なくストンと座った。
「タバコくれる?」
絵梨花に問われ、タバコを一本差し出し、火をつける。
「沙織は吸わないの?」
言われあたしも吸い始める。
「あたしねー、ふられちゃった、加本さんに」
絵梨花はそこで言葉を切った。沙織はうすうすこの展開に気づいていたので、驚かなかった。
「ちっとも驚かないんだね、でもこれ聞いたら驚くかもよ、沙織のことが忘れられないんだって」
ふうーっと絵梨花は煙を吐き出す。
それには驚いた。だって加本さんがあたしのこと覚えてるなんて、思いもよらなかったから。
「それでー、別れようってなったの。だからあたし意地悪しちゃった」
レストランのこと?
「最初から行くつもり無かったの。一人になって、恥かけばいいやって思ったの」
まあ、その点はうまくいっている。あたしは惨めな気分で帰ってきたから。
「あたし帰る」
絵梨花はえっという顔をした。
「だって、絵梨花の用事は私に復讐することでしょ?もう十分痛い思いしたから」
「え?だって、このままなんて…沙織傷ついてないでしょ?気にも留めてないでしょ?」
あたしはムカっとした!
「あたしは十分嫌な思いしたり傷ついたし、これでいい?」
食べてもない伝票をもって、レジに向かった。お金ないのに。

無駄な散財したことに後悔し始めた。あたしの何が悪いっていうんだろう。
その時向こうから息咳切らして走ってくる人影が見えた。加本先輩だ。
「こんにちは」
「え、あ!こ、こんにちは…」
私は何もやましいこともないから、堂々と挨拶した。しかし相手はまさかこんなところで出会うとは、と思っていたようで、どぎまぎしていた。
「え、榎田は元気?」
「元気ですよ。先輩、今度よかったら食事でも?」
「あ、ああ、いいよ」
「じゃあこれ、私のケータイです」
名刺もないフリーターの私は、手帳を破いて渡した。
「ああ、また電話する!」
私は先輩の言葉を耳に、踵を返して走り出した。絵梨花のとこへ行くのだろう。

もう、どうなろうと知っちゃたこっちゃない。
絵梨花のことも先輩とのことも。
一昨日みたいな不毛で馬鹿みたいなことするくらいなら、ちょっと人と付き合ってどうにかなったって、いちいちどうこう考えるほどのことでもない。
とりあえず、先輩とのデート、どこいこっかなーと考えることにした。そのとき絵梨花と切れてなくても、なんでもいいや、と思った。

彼氏がなくとも、仕事もなくとも、生きてるじゃないか。
一昨日は、世界の終わりみたいに思ってたけど、大したことない。
うじうじ悩んでたこと全部、馬鹿みたいに思えた。
まだ少し冷たい春風に吹かれながら、あたしは新しい一歩を踏み出せた気がした。

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