1.「嘘は、とびきりの愛なんだよ?」星野アイ
嘘はとびきりの愛?
推しの子の漫画やアニメの冒頭は「この物語はフィクションである」、「というかこの世の大抵はフィクションである」という言葉から始まる。
「嘘は、とびきりの愛なんだよ?」というアイのセリフ(原作第1話(アニメ第1話))は、原作第8話(アニメ第1話)で斉藤社長とのやりとりから感化されたものなのでしょう。産婦人科医のゴロー(雨宮吾郎)も、「嘘は愛。なんだかいい言葉に思えてきたからスターは凄い(原作第1話(アニメ第1話))」と、アイの言葉に感化されています。
果たして、「嘘はとびきりの愛」なのか?
嘘とは、事実・真実ではないことである。
Wikipediaによると、
とのことであり、「独り歌を歌う」など音楽的な部分はアイを彷彿とさせます。
日本語では、全くの嘘のことを「真っ赤な嘘」といいますが、英語でも同じように色の名前をつけた嘘として、「white lie(白い嘘)」という言葉があります。white lieとは、「人の心を傷つけないための嘘」という意味です。
アイの嘘は、真っ赤な嘘?白い嘘?
アイの嘘は、真っ赤な嘘(全くの嘘)というよりは、白い嘘(人の心を傷つけないための嘘)として作中では描かれているように思われます。誰かを騙して自分が利益を享受するための嘘というよりは、ファンが喜ぶ嘘(ルビー(さりな)「推しの居る生活はいいよ(原作第36話(アニメ第10話))」)であり、また苺プロの斉藤社長も「皆愛してるって言ってる内に、嘘が本当になるかもしれん」と言っているように、自分も周りも巻き込んだ「白い嘘」を目指していたのかもしれません。
もっとも、アイは隠し通してきた嘘(ここではその中でも、「実は子どもがいる」ということに関する嘘)を、父親と思われる人物*によってリョースケくん**にバラされてしまい、殺されてしまいますが、少なくともアイは「白い嘘」であることを目指してきたのでしょう。
*少しでもネタバレを避けるためこのような書き方をしています
**アイを刺したストーカー
そもそも「嘘」って何?
さて、ここまではあまり心理学的な話はしてきませんでしたが、ここでは心理学を含む別の視点で見てみましょう。「嘘」という言葉の裏として、「真実」や「事実」が存在することが暗に示されています。つまり、真実や事実というものが存在することを前提として、はじめて「嘘」というものが成り立ちます。間違いという言葉の裏には、正しいが存在するのと同様です。
社会学や哲学、心理学で注目されてきた「社会構成主義」という言葉をご存知でしょうか。社会構成主義とは、「社会に存在する物事・事象は、人がその物事・事象について認知し、それを他者と交流する中で合意が得られることで、その物事・事象は現実に存在しうる」という考え方です。
難しい「概念的」なことなのでわかりづらいかもしれませんので、一つ例を挙げたいと思います。
たとえば「登校拒否(近年は不登校といわれますが)」という言葉があります。これは、登校することが当然という前提があることから、それを拒否するなんて!ということから「登校拒否」という事象が”作られて”しまいました。拒否しているのではなく、何らかの理由で登校ができない子も多くいることや、登校を拒否せざるを得ない何らかの状況にある子も多くいることから、今では「不登校(単に、登校という状態にない状態」という言葉が使われています。
ここで、「嘘」という話題に戻ってみましょう。
前述のように、嘘は、真実や事実が存在することを前提としています(その反対としての嘘)。これは、人間関係(社会)において、「真実・事実 対 嘘」という図式があると合意されていることから、あたかもこの「真実・事実か嘘か」の2択しかないように言えるかもしれません。
そのため、アイの「愛してる」という言葉は、「(真実として)愛してる」のか「(嘘として)愛していない」の2択であるかのように解釈されてしまいます。果たしてこれは本当に2択なのでしょうか?
愛にも色々な種類があります。
たとえば古代ギリシャでは、エロス(情欲的な愛)、フィリア(深い友情)、ルダス(遊びとゲームの愛)、アガペー(無償の愛)、プラグマ(永続的な愛)、フィラウティア(自己愛)、ストルゲー(家族愛)、マニア(偏執的な愛)という8つの愛の種類があるとされ、また日本語でも、慈愛や家族愛、恋愛、性愛など多くの言葉が存在します。
これらの愛も完全に分けられるものではなく、色のグラデーションのようになっているとも考えられるでしょう。つまり、愛は単に2択で語ることはできず、様々な種類の愛がグラデーションのように存在しているのです。
「その言葉を口にした時、もしそれが嘘だと気付いてしまったら…そう思うと怖いから」
アイは、最期に「ルビー、アクア、愛してる」「この言葉は絶対、これは嘘じゃない」(原作第9話(アニメ第1話))と伝えました。
斉藤社長がアイをスカウトする際、「皆愛してるって言ってる内に、嘘が本当になるかもしれん」と言っていた言葉はあながち「嘘」ではなく、アイが愛について話し、愛という言葉を含んだセリフや歌詞を伝えていったことや、アクアやルビーとの間でのコミュニケーションが、次第に愛をアイにとっても真実らしいものへと変えていったのかもしれません。とはいえ、アクアとルビーが産まれた時にアイが流している涙は、愛からきているように見え、アイ自身は「愛」と確信できていなかった元々アイの中にあった愛が、最期の瞬間に再確認されたのではないでしょうか。
最後に…「嘘はとびきりの愛」なのか?
以上のように、真実か嘘かという軸で考えると、アイの嘘は本当に嘘といえるのか?ということが疑問でもあります。ですが、アイが愛について話し、愛という言葉を含んだセリフや歌詞を伝えていったことが現実を構成していき、それが「かけがえのない(アクアやルビーに対する)愛」になっていったことから、「(嘘が)とびきりの愛になった」ということは十分言えそうですね!
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