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10.鳴嶋メルトの精神的成長

鳴嶋メルト(以下、メルト)は、「推しの子」ではあくまで端役として出てきたように思われましたが、単なる端役ではなく、後にも登場することでその存在感を現しています。「推しの子」の中で急成長を感じさせるキャラは彼以上に存在するでしょうか?
今回は、メルトの成長について心理学的な観点から考えてみたいと思います。
※アニメ勢の方にとってはネタバレを含むため注意!

「職業:イケメン 俺の天職」

 メルトは、「今日は甘口で(今日あま)」では主役級の役を担っていました。これから売りたいモデルの露出を増やすためのドラマとしての位置づけだったことや、メルト本人も本気で臨んでいなかったことから(原作57話より)、作品としての評価は著しく低いものとなっていました。

「職業:イケメン」というのも、メルト登場時は特に薄っぺらい人物として描かれていた中で表現された言葉だったように思われます。「推しの子」の原作途中で挟まれたお話として、横槍メンゴ先生視点のメルトを描いた「-interlude-②」では、「職業:イケメン」という言葉が1ページ目では元の薄っぺらい言葉として用いられていますが、最後のページではポジティブに、捉えられるように成長がみられました。同じ言葉が使われていても、「東京ブレイド」の経験等を通して、自分のアイデンティティとして統合してきた様子が描かれています。

心理社会的発達段階とアイデンティティの危機

エリク・エリクソンの「心理社会的発達段階」や「アイデンティティ」を用いて、メルトの成長を考えてみましょう。「心理社会的発達段階」や「アイデンティティ」について、詳しくは、有馬かなと心理社会的発達段階(前編)有馬かなと心理社会的発達段階(後編) をご参照ください。

メルトは、ただ顔が良いということがきっかけで芸能界入りし、アイデンティティが定まっていない状態だったといえるかもしれません。年齢的にも初出時や「-interlude-②」では中高生だったので、まさに青年期の発達課題である「自我同一性(アイデンティティ)の達成 対 拡散」の時期だったといえるのでしょう。

マーシャという人はエリクソンの発達段階を発展させたことで有名です。
現在積極的にアイデンティティの確立に向けてコミット(傾倒)しているかどうかと、アイデンティティの危機に直面したことがあるかによって、同一性地位(自我同一性に関する状態)を4つに分けました。

・同一性の達成:危機に直面し、積極的にコミットしている状態
・同一性の拡散:危機に直面しておらず、コミットもしていない状態
・モラトリアム:危機はあるものの、現在コミットしていない状態
・早期完了:危機を経験せず、積極的にコミットしている状態

ここで言う「(アイデンティティの)危機」とは、自分が何者かということについて悩む心理的な危機状態のことを指します。こういった危機状態を経験し、自らのアイデンティティを確立させるのに、自らを示す状態像へとコミット(傾倒)していくのが同一性達成地位です。

メルトは、まさに自分のアイデンティティの確立に際して、「イケメン」でやってこれていたことから、元々コミットしていなかった状態から、「今日あま」や「東京ブレイド」での経験を通して、積極的にコミットするようになっていた(同一性の達成のプロセス)と考えられます。

芸能界における自分の相対的位置と、その葛藤

芸能界で売れていく(売れている)人にも色んなタイプが存在します。どういう分野で、どういうキャラ・立ち位置で、何をウリにして生きていくのかということをかなりシビアに考えなければいけない業界です。
視聴者・ファンからのフィードバックによって、そのまま自分を評価されてしまい、またSNSでも(良くも悪くも)拡散されやすいことから、悩むことも多くなりがちです。「-interlude-②」で描かれているメルトに対するSNSでの投稿や、黒川あかねが炎上した件が印象的といえるでしょう。

メルトは、芸能界の中で単なる「イケメン」としてはやっていくのが難しかったところから、様々な経験の中で自分の(他の人達と比べて)相対的立ち位置を葛藤を感じながら作り上げてきたのではないでしょうか。
どういう風に生きていくのが正解かということは、芸能人だけでなく、一般人でもわかりません。正解はありません。その中で試行錯誤していくある意味泥臭い様子が、メルトを通してこの作品では描かれています。

マズローの欲求階層理論「自尊欲求」と「自己実現の欲求」

ここで、話を少し変えて、アブラハム・マズローの欲求階層理論という考え方を紹介します。欲求階層理論とは、

欲求階層理論は、下から「生理的欲求」「安全欲求」「愛情・所属の欲求」「自律・自尊欲求」「自己実現の欲求」の5階層に分けられています。このうち、「生理的欲求」「安全欲求」「愛情・所属の欲求」「自律・自尊欲求」は、合わせて「欠乏欲求」と呼ばれ(不足しており充足を求める欲求)、「自己実現の欲求」を「成長欲求」と呼ばれます(成長を目指して欲する欲求)。

「心理系大学院入試&臨床心理士試験のための心理学標準テキスト(IPSA心理学大学院予備校)」より引用

芸能界では、欲求階層理論で下にある「自律・自尊の欲求」「愛情・所属の欲求」や「安全欲求」「生理的欲求」は満たされた上で、「自律・自尊の欲求」や「自己実現の欲求」を満たしていくプロセス、あるいは既に満たされているというふうに芸能界の外側からは捉えられがちかもしれません。ですが、芸能界は、外側から見られるような華やかな部分だけではなく、上記で言うところの「欠乏欲求」が満たされないことも少なくありません(むしろ多いかもしれません)。

芸能界では、まずデビューした際にいきなり売れるなんてことがなければ、不足する生活費を稼ぐためにアルバイトを掛け持ちすることも多く、生理的欲求が満たされないことも多分にあります(B小町デビュー時代など)。また、アイが刺されてしまったことも典型ですが、熱狂的なファンがストーカーになったり、事務所内やメンバー間の不和により、安全すら脅かされることも。

「愛情・所属の欲求」は満たされているのでは?と思われるかもしれませんが、ファンからの愛情に対して、アンチからの攻撃も受けてしまったり、幼少期に得られなかった愛情を何らかの形で埋めるために、芸能界を目指したという人も少なくありません。
(このような内容を書いていると、ますますアイのことが頭によぎりますが、アイの生い立ちや幼少期〜の愛情については、別記事でさらに新しく考察したいと思います)
事務所に所属していることや、グループに所属していることで、もちろん「愛情・所属の欲求」が満たされているところは部分的にはあるでしょう。ですが、上述のとおり事務所内やメンバー間の不和で所属すら変わってしまうことも多々あります。

「自律・自尊欲求」も、これはかなり人によってきます。自律的に自分のやりたいことをどんどんできる方、自尊心・自己肯定感を持って活躍している方もおられますが、逆にその両方ともに困難を抱えてしまうこともあり、芸能界だからといって、これらの「欠乏欲求」の部分が満たされているとは限らないのです。

メルトの精神的成長

さて、メルトの話に戻しましょう。
メルトは、「顔が良い」というところから、事務所の社長からも「顔売り」という枠で使われ、「今日は甘口で(今日あま)」でも、演技未経験のまま、「イケメン好きな女性層にリーチする企画(原作:第15話)」での俳優として採用されていました。
今日あまでの演技中にアクアに焚き付けられ、これまでと比べて良い演技ができたことがきっかけとなり(原作17話)、その後「東京ブレイド」での演技練習と本番でのパフォーマンス(原作57話)などを通して、メルトは自分の生き方、立ち位置を獲得していったように思えます。

今後、メルトがさらなる成長をどのように遂げていくのが楽しみですね。

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