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HONEY(7)


 春が来た。
 休日、俺は朝5時半に起きて、そのままTシャツと短パンに着替えてランニングに出る。30分とか1時間とか、そのくらい俺は平気で走れる。なぜなら中学までずっとサッカー部のフォワードで鳴らしてきたからだ。でも今はサッカーをするために走っているんじゃない。ロックバンドのベーシストとして、ステージ上で絶え間なく演奏を続け、アクションを披露するための体力作りだ。
 そこから少しずつ指を動かし始める。運動をするのに準備体操が必要なのと同じで、ベースを弾くのにも準備ってやつが要る。
 まずは普段バンドで弾いているピックでの演奏の基礎練習。それが終わったら指弾きでも基礎練習をする。そして――
 かおりは、もういない。
 それでも俺は夢を追いかけてどこまでも進んでいく。
 数日前、練習の合間、悟に言った。
「こないだ、かおりと別れたんだ」
 俺はこれっぽっちもしみったれた素振りを見せずに言った。
「東京には来れないって。方向性の相違ってやつさ。しょうがない、俺には東京ででっかい夢が待ってる。それに、かおり、最後まで俺のこと応援してくれてたんだ。練習の邪魔もしなかったし、わがまま一つ言わなかったんだよ」
 悟は、少し哀しそうに、俺を見て笑った。
「でもお前なら東京に行ったら女抱き放題だろ」
 そんなことは、どうでもいい。かおり以外の女なんて、何万人食い漁っても何一つ俺を喜ばせやしない。俺はお前になれないからな。お前しかかおりを満たしてはやれないみたいだ。
 そんな言葉を、飲み込んで、ケラケラと笑ってみせて、また練習の海のなかに潜り込んだ。
 哀しくてもやりきれなくても、この夢と、腕のなかのベースだけが味方だ。
 俺はこの夢に向かって全力で駆け出して、駆け抜けていく。


Special Thanks to 滋毅はる
 プロミュージシャンを目指す少年を描くうえで、実際に本格的にプロを目指した経験がない私が潤を描くにあたり、滋毅はる氏のアドバイスなくしては完成し得ませんでした。
 本当にありがとうございました。

いつの日か小説や文章で食べていくことを夢見て毎日頑張っています。いただいたサポートを執筆に活かします。