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HONEY(6)


 1999年がもうすぐ終わろうとしているとき、ワタルさんから連絡があって、「大事な用だから今すぐ来い」って言うからすぐにMilk Barに駆け付けた。すると、ワタルさんだけじゃなくて、リオさん、マコトさん、キタダさん――SKUNK全員だ――が揃っていた。3人とも、すごく重々しい顔をしていた。怖かった。
 でもこれから何を告げられるのかは、大体わかっていた。
「潤。キタダが、高校を出たら正式に脱退することになった。それで俺たちは、ベーシストがいなくなる。SKUNKはプロを目指して、上京することになっている。リオとマコトは専門学校、俺は就職。あと1年待つ。お前をキタダの後任のベーシストとして迎え入れたい」
「――そうか」
 あらかじめわかっていたことでも、いざ本当に言葉にされると、重く響く。
「その間、ヘルシェルはあと1年だけ、続けてもいいですか」
「高校3年の年をどう過ごそうとお前の勝手だ。でも最後には東京に来い。一緒にプロを目指そう」
「わかりました」
 俺は即答した。
 その次の日あたりに透に電話した。バカで授業中ずっと寝てた俺が「勉強を教えてほしい」って素直に頼んだ。「プロのベーシストになりたいから、上京したい。だから進学するために勉強したい」ってはっきりと言った。だけど「SKUNKに入るから」っていうのは口が裂けても言えそうになかった。そんなことを知ってか知らずか、透はすぐに快諾して、「年が明けたら猛勉強だぞ! 覚悟しとけ」と言って、必要なテキストを電話越しに伝えてきた。それをメモして、これを全部買ったらまたお金がかかるな、なんて哀しいことを考えたりした。
 大晦日近くに、年内最後のレッスンがあった。そこで先生にも、プロ志望のバンド仲間に誘われて、加入するために、来年上京したいと打ち明けた。すごく恥ずかしかったし、怖かった。そうしたら先生は今までと全然違う反応を返してきた。
「日向くんは、まだまだ荒削りだけど、すごくいいものを持ってるから。可能性はあります。とにかく今まで以上に頑張りなさい」
 やった。ついに先生に褒められた。俺は先生に見えない角度でガッツポーズを決めた。きっとうまくいく。俺の夢が叶う。俺は本当にプロになって東京に行くんだ。
「かおり!」
 迎えに来たかおりを、思い切り抱きしめた。札幌では好き勝手にかおりといちゃつくことができる。でも、近いうちに札幌でも有名になってやらなきゃな。だって俺は全国規模のプロになるんだから。変装でもなんでもしながら、かおりとどこまでも一緒に夢を追いかけていくんだ。そして――。
「ちょっと、今日どうしたのよ」
 ホテルの部屋に入り込むなり、激しくかおりを求めると、戸惑いながらも、嬉しそうにしてくれた。5回も6回も射精したと思う。かおりもそれこそ何べんもイッてくれた。こんなに激しくセックスするのは出会ったとき振りかもしれない。
 珍しく、かおりが俺より早く眠りに落ちていた。その可愛い寝顔を見ながら、目覚めたときに打ち明ける言葉を決めた。
「俺はプロになる。上京する。ずっと俺についてこい。そしていつか結婚して一緒になろう」
 かおりの喜ぶ顔を想像しながら、ニヤニヤしそうになっていると、その柔らかくむっちりした唇から、信じられない言葉が飛び出した。
「悟……」
 俺のすべての感情が固まった。
 夢を見ているのか、寝ぼけているのか、わからないけれど、かおりは眠りながら涙を流してしゃくりあげていた。
「会いたいよ……」
 一番大事な夢に手が届きそうになった日は、同時に、もっと一番大事な夢が、胸の中でちぎれていく日になった。

いつの日か小説や文章で食べていくことを夢見て毎日頑張っています。いただいたサポートを執筆に活かします。