【小説】Love Train 4/5
(ここまでのあらすじ)ミュージシャンの南田巧は、生活に行き詰まり寝台列車に乗って東京を飛び出し札幌へ。旅先のいくつもの出来事で、愛情を感じられなくなっていた妻・直子のしてくれたことを次々と思い出し、感極まるが・・・・・・
「贈り物を・・・・・・妻に・・・・・・したいんです。ワンピースを。あの、見立ててもらえませんか?」
涙を流していたときに声をかけてくれた店員に、南田は思い切って頼んでみた。
「喜んで」
屈託のない笑顔で答えた彼女の名札には、「山田 直美(やまだなおみ)」と書いてあった。
ナオミ。
あの子も大人になって、こんなふうに美人になって、仕事をしたり、恋をしたりするのだろうと、南田は信じがたいような、しかしあたたかな気持ちになった。
「こちら、新作の、秋冬向けワンピースです。かなり出ていますよ」
そう言って彼女が勧めたのは、妖艶な黒いベルベットのワンピースだった。
帰りの『北斗星』、グランシャリオのパブタイムで、またもあの女性と鉢合わせした。
「なんで飛行機を使わないの? 疲れるし、時間もかかるのに」
南田はピザをつまみながら、かねてよりの率直な疑問を口にした。
「私、ちょっとした列車オタクなんです。外から見たり写真を撮ったりするよりも、実際に乗って車窓からの風景や乗り心地なんかを楽しむのが好きなの。南田さんも乗り鉄?」
乗り鉄という言葉の意味がわからないまま南田はおずおずと答えた。
「それが実は、とんでもない高所恐怖症で、乗り物酔いも酷くて、列車しか移動手段がないのさ。まぁ小さい頃から、何かといえば列車や地下鉄で一人旅してたんだけど」
「えー!そんな大変な事情があったんですか? ・・・・・・でも、なんか、南田さんらしいな」
そう言って彼女はクスクス笑い出した。南田はちょっとムッとした。
「笑わないでくれよ。これでも僕には深刻な問題なんだから」
「ごめんなさーい」
女性は肩をすくめながら詫びて、チョコレートパフェをひとくち口に運んだ。
「全く・・・・・・。ん、そうだ、君、札幌で一泊もしなかったんじゃないのかい?全然観光できなかったんじゃないの?一体、何して過ごしてたのさ?」
「んー」
女性は顎に右手の人差し指を置いて、上目遣いでかわいらしく記憶を辿った。
「リズム・アールさんの・・・よし言えた。去年出たシングルの曲ありますよね、大通のデパートで服とか買ってたら、お店の中であれが流れたんです」
彼女なりに「リズム・アール」という呼び方を覚えようと努力してくれていたようだ。
「そしたら一気に泣けてきちゃって。止まらないから、急いでトイレに駆け込んで、30分くらい籠もってひたすら泣きました。仕事だとか、恋だとか、あらゆることに行き詰まって苦しかった、東京でのいろんな出来事を一気に思い出しちゃって・・・・・・。
でも、泣き止む頃には、気持ちや考えが整理されて、すごくすっきりしたんですよね。後は買い物、買い物、雪印パーラーでおっきなパフェの昼ご飯、また買い物。
それぐらいしてたら、何かもう気が済んじゃって。仕事にしても、やらないとどうにもならないですからね、ものすごい量があるし、悩んだけど今日帰ることにしました。お金も取っておかなきゃいけないし、ね」
最後の一言は南田を見ながら、片目を瞑りながら言った。
女性は買い物と甘いものでストレスを解消できるというのは本当なのだと、南田は息を呑んだ。目の前の彼女ときたら、昼に大きなパフェを食べておきながら、どんどんチョコレートパフェを平らげていく。南田が同じことをしたら、何日も胃もたれに悩まされそうだ。
「南田さんは? ゆっくりしてなくていいんですか? 急なお仕事だとか?」
「ええとね、うちのバンドは女性ファンが多いから内緒にしておいてほしいんだけど、僕、嫁さんと娘がいてね」
「ああ、やっぱり。週刊誌に撮られてたことがあったから、そうなのかなとは思ったけど」
「うん。で、その嫁さんとずっと喧嘩しててさ、スタジオで缶詰になって仕事してばかりいたから娘もなつかなくなっちゃってた。それでもね、僕もふとしたきっかけで気持ちが整理されて、嫁さんにプレゼント買って、そしたらすぐに帰りたくなった。ずっと嫁さんに腹を立ててばかりいたんだけど、急にまた好きになっちゃったみたいで、とにかく会いたくてね。娘にも、そろそろ許してもらわないと。行き先も告げずにいきなり家を出て来ちゃったから」
「えっ」
女性は微笑んで話を聞いていたが、南田の最後の一言で、一気に不安げな表情になった。
「ずっと気まずい状況なのに、何も言わずに、そんなおっきなトランク持って、家を出てきちゃったんですか・・・・・・?」
「うん、そうだけど」
「言いにくいですけど、そのプレゼント、もしかしてもう手遅れかも」
「何で?」
南田は不服そうに唇をすぼめた。シンセの演奏や作曲、編曲の才能は秀でていても、女性の心理となると昔からてんで疎かった。
「奥さん、南田さんが家を出ちゃったと思うんじゃないかと。そう感じた時点で、これはもう別れなんだろうって、悟っちゃってる可能性が・・・・・・。奥さんがもしも、南田さんのこと、嫌になってたら、もう戻れないかも・・・・・・」
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