データサイエンティストの夫が片付けコンシェルジュを家に招いた話
「あなたの趣味は何ですか?」
そう訊かれた時、うちの夫はこう答える。
「家の中を便利にすることです」
データサイエンティストの夫は〝超〟がつくほどの効率厨で、暇さえあれば家の中をうろうろし、効率化できそうな場所がないかと探し求める人なのです。
たとえば、電源コードの配線。ズボラなわたしは、コードがいくら絡まっても気にしないし、ほどくのがめんどくさいのでそのままにしがちなのだけど、夫はそれを許さない。絶対に絡まらない配線を見つけることに心血を注いでいる。
ほかにも、キッチン周りのごちゃっとした調味料や調理器具の整理をしたり、部屋の動線を最小限にできるよう家具の配置にこだわったり。夫の便利熱は夜中に突然発症することもあり、朝起きると、部屋がとつぜん模様がえされ便利になっていたりする。
それだけならまあ「きれい好きなパートナーでよかったですね」という話でおわる。でもたまに、夫の言う「便利」には首をひねらざるを得ないこともある。
最たる例が食料品の収納だ。炊事の手間もなるべく省きたい夫は、すぐに食料品をまとめ買いする。その結果、わが家のキッチンには、食料のストックがこんなかんじで陳列されている。
この写真を友人たちに見せたところ、
「なにこれ、小学校の備蓄?」
「SDGsに謝ったほうがいい」
「しまわれる側のキッチンの気持ちにもなりなさい」
と不評の嵐。
しかし夫も負けちゃいない。
「なに言ってんだい、これはサスティナブルごはんずだよ!」
「ほら見たまえ、キッチンもたくさん詰め込まれて喜んでるじゃないか」
なんて口角泡を飛ばし反論するので、もうめんどくさいから好きにやってもらっている。
そんな彼がつい最近、会社の先輩から勧められた「片付けコンシェルジュ」を家に呼びたいと言いはじめた。
「片付けコンシェルジュ」とはいわゆる整理整頓のプロフェッショナルのこと。モノが多くて片付け方がわからない、忙しくて片付ける時間が取れないなど、整理整頓に困っている依頼者のもとを訪れ、代わりに片付けてくれるだけでなく、今後も持続的に整頓できるよう収納アドバイスをしてくれるのだ。
しかし、先にも書いたとおり、うちはすでに便利なのだ。
「コンシェルジュを呼ばなくても、わが家はもう充分片付いているのでは……?」
わたしは冷静に問いかけるも、
「まだだ……まだ便利にできる……」
と夫は目をたぎらせ聞く耳を持たない。ここまでくると、家を散らかしたせいで親を殺されたとか、便利の神の怒りに触れて祟りにあったとか、前世で便利にまつわるよっぽどのことがあったんじゃないか。
まあいい。夫の便利さがどれほどプロに通用するのか、見せてもらおうじゃあないか…! わたしもおもしろ半分、挑むような気持ち半分で、片付けコンシェルジュを招くことに同意した。
そして来訪当日。玄関に現れたのは、清潔感のあるパリッとしたシャツを着こなす笑顔が素敵な女性二人組だった。彼女らの物腰柔らかなあいさつにすっかり安心したわたしたちは、さっそくリビングへ案内した。
部屋を見渡したコンシェルジュは開口一番、「すごい整頓されてますね~! もうこのままでも十分きれいじゃないですか!」と褒めまくり。夫はまんざらでもなさそうに頭を掻いている。
その後も、家で使われている便利収納グッズを見つけては「これ、いいですよね~! 便利ですよね~!」と、コンシェルジュと夫はきゃっきゃと盛り上がっている。話についていけないわたしは後ろの方で鼻くそをほじって飛ばした。
ひとしきり便利話に花を咲かせた後、いよいよどこを重点的に整頓したいのかヒアリングを受けた。コンシェルジュの滞在時間は4時間。その時間内に整頓できる箇所は限られているため、優先順位をつけるのだ。
わたしたちが頼みたい場所はすでに決まっていた。クローゼット一択。結婚してわたしが彼の家に引っ越してきたばかりなこともあり、二人分の衣類の収納の仕方がわからずにいたのだ。
コンシェルジュいわく、整理整頓には大きく3つの行程があるという。
衣類に関しては、衣替えをするご家庭も多いが、基本的には春夏秋冬いずれの服もクローゼットにまとめて収納できる状態のほうが、手間も省けスペースも取らないのでおすすめとのこと。
「要るか/要らないか」という合理性に特化した分類だけでなく、「不要だとわかっているけど大切だから残しておきたい」という感情ベースの分類「思い出ボックス」も用意されているのが大変ありがたかった……! 人からいただいたけど年季が入って使えなくなってしまったプレゼントの保管に、いつも悩まされていたから。
コンシェルジュから整頓についての基本事項を教えていただいた後、さっそく上記の行程に沿って作業を進めていく。
コンシェルジュの一人がせっせとクローゼットの衣類を掻きだしていくのと並行し、もう一人のコンシェルジュがだされた衣類を胸元に掲げ、わたしと夫に「これは要りますか? 要りませんか? 思い出ですか?」と問うていく。
決断の早い夫は「要らないです」「同じやつまた買うんで捨てます」「これだけ残してもらって後はぜんぶ捨てます」と、ちゃっちゃと処分していく。何ならコンシェルジュが衣類を手に取る前に、「これ要らないんで捨てておきますね!」と食い気味にゴミ袋へポイポイ投げこんでいる。
ものの10分も経たないうちに「ぼくの衣類はもう処分終わったんで、ゴミ出し行ってきます!」と夫は腕まくりをして駆け出した。もはや第三のコンシェルジュと名乗っていいほどの働きぶりに感心してしまう。
一方のわたしはというと、まじでまったく決められない。捨てるか捨てないかの判断がめんどくさすぎて、ぜんぶ「残す」判断をしたくなる。
「このブラジャーとか、もうワイヤーが飛び出てますし、さすがに捨てても良いんじゃないでしょうか……?」
あまりの決めきれなさに、コンシェルジュも気を遣って判断しやすいようアドバイスをくれる。
しかし、よりによってなぜブラジャー。わたしは申し訳なさでいっぱいになりながらおずおずと答えた。
「手持ちのブラジャーが少なすぎて、それを捨てるともう、下着が1週間分確保できないんです……。」
わたしとコンシェルジュの間に重たい沈黙が流れる。コンシェルジュの指にひっかかり、悲しげにゆれるブラジャーが「コロ……シテ……」と訴えかけているような気がしなくもない。
結局、わたしはほとんどの服を捨てられなかった。対して夫はほとんどの服を捨てた。それにより、結果的に収納スペースを確保することはできた。
分類が終わり収納段階に入ると、プロのテクニックが光る光る。隙間なく収納できる服のたたみ術と、100均ショップで購入した便利収納グッズを駆使し、あっという間に衣類は片付き、クローゼットは見違えるほどきれいになった。
取捨選択の判断はたいへんだし、4時間も片づけをするとさすがに疲労感もあったけど、やはりプロはすごかった。あまりに良すぎて感動した夫は、「こんどはキッチンの収納をお願いします!」とさっそく次の予約を入れていた。あのサスティナブルごはんずを見てコンシェルジュはなんというのか見ものである。
コンシェルジュを見送る夫はホクホクと満足気で、心なしか肌艶も良くなっている気がする。その横で「よかったねえ」とほほ笑むわたしは、「はやく新しいブラジャーを買いに行こう」と、ふたたび衣類を増やす方向へ静かに決意を固めていたのでした。
(イラスト提供:JK)
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