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【鴻上尚史の人生相談】「名字を変えたくない」から事実婚でいいのか?悩む33歳男性に、鴻上尚史が「選択的夫婦別姓」が実現しない不思議を解説

 婚約者から「名字を変えたくない」と告げられた33歳男性。「親の都合による不利益を将来生まれてくる子に背負わせていいものか」と悩む相談者に、「強制的夫婦同姓」が法律義務で課されているのは世界で日本のみという事実と、「選択的夫婦別姓」が実現しない不思議を、鴻上尚史がわかりやすく解説する。

【相談121】結婚を決めた彼女から「名字を変えたくない」と告げられました(33歳 男性 スタベッキ)

 34歳になる会社員男性です。職場の3歳下の後輩との結婚についてご相談です。
 もともとずっと同じ職場で働いていたのですが、間の悪いことに私の東京転勤を機に付き合うことになり、4年の遠距離恋愛を経て昨年春、初任地に戻ってきました。破局したとき尾を引かないようにと今でもまだ関係は周囲に伏せています。ようやく昨秋に結婚の合意はしたのですが、そこで「名字を変えたくない」と告げられました。煩雑さやアイデンティティがその理由といいます。
 正直なところ全く想定していなかったので動揺しましたが、話し合ったりいろいろ調べたりして悩んだ末に、あちらも変えたくないしこちらも変えたくないのなら、結局は事実婚という選択をするしかない、と考えて大まかな合意に至りました。正式な顔合わせはまだですが各々両親に方向性を伝えてもいます。「基本、二人の好きにすればいい」と共に言ってくれてはいますが、長男である私の両親からは若干の寂しさが言外に感じられ、一人娘の彼女の両親からは「あなたが折れたら?」という意図を感じたといいます。
 問題は、互いにいい歳でもあり、一緒になるなら子供ができたときのことも考えなければいけないという点です。私は当初「子供ができたら婚姻届を出す、どちらの姓かは神社でくじ引いて決める、二分の一で恨みっこなしだ」という覚悟でいたのですが、彼女は乗り気ではないようです。
 事実婚の子は非嫡出子として親権が片方だけになるなどの不利益があります。「親と名字が違うと子供がいじめられるからかわいそう」という意見には与しませんが、「子供は親の姓が違うことなんて全く気にしない」と信じるにはためらいがあります。「互いが名字を変えたくない」という親の都合による不利益を将来生まれてくる子に背負わせていいものか、と二人でずるずる話が長引いています。その場合も私と彼女のどちらの姓にするかで結論が出ていません。
 子供が生まれると決まったわけではもちろんありませんが、その時ではなく今決めておく必要はあると考えています。
 5年半もの付き合いで喧嘩もほとんどなかったとはいえ、掃除も料理もあまりせず、ひいきのプロ野球球団が勝っておいしい外食ができれば満足で、乱雑で汚い部屋の中で一日の大半を眠って過ごす能天気な彼女と生きていくことに不安はかなりありますが、遠距離恋愛中も結局別れを選ぶには至りませんでした。俺、柔弱なだけかも、と思う夜もあります。
 選択的夫婦別姓制度ができていればすんなりとその道を選んでいたことでしょうが、6月の最高裁判決からしてもそう簡単にはいかないと落胆しています。
 指輪もいらん、式も身内だけで食事会やって終わりでいい、そんなドライな夫婦のまま共に同じ職場で働いていくことになりそうですが、結婚と姓、そして家族について、私はどう向き合っていくべきなのでしょうか。

【鴻上さんの答え】
 スタベッキさん。困っていますね。ずっと「選択的夫婦別姓」が実現していないことへの憤りだと思って読んでいたら、突然、「乱雑で汚い部屋の中で一日の大半を眠って過ごす能天気な彼女」なんて文章が出てきますもんね。迷って、揺れて、思わず書いたんでしょうか。

「俺、柔弱なだけかも、と思う夜もあります」と書かれていますが、そんなことはないと思いますよ。

 スタベッキさんは、彼女の「名字を変えたくない」という思いをちゃんと受け止めているじゃないですか。たくさん話し合っていろいろ調べていっぱい悩むのは、人間関係を作り上げる最も大切なことだと思います。

 それで、「事実婚という選択をするしかない、と考えて大まかな合意」というのも、僕は二人が納得したことなら、素敵なことだと思います。それぞれの両親が「基本、二人の好きにすればいい」と言ってくれているのも、素晴らしいと思います。どんなに内心、淋しいと思っても、「あなたが折れたら」と思っても、それを口に出すかどうかはまったく違います。お二人の両親は「結婚は二人のことだから、二人が決めればいい」と言ってくれているのです。

 僕は、「選択的夫婦別姓」がこの国で実現しないことが、不思議でしょうがないのです。

 2015年の閣議決定では、日本の現状に関する質問に対して「現在把握している限りにおいては、お尋ねの『法律で夫婦の姓を同姓とするように義務付けている国』は、我が国のほかには承知していない」と答えています。

 先進国の中だけではなく、日本は世界で唯一の法律による「強制的夫婦同姓」の国なのです。

 欧米でも、昔は夫の姓に変えることが一般的でした。

 1979年に採択された国連の「女性差別撤廃条約」が変化のきっかけになりました。世界的に「女性が結婚したら男性の姓に合わせなければならないのは、おかしい」と思われるようになったのです。

 それほど昔のことではないですよね。でも、ここから世界は変わり始めました。

 同姓を法律で義務付けていたドイツでは、連邦憲法裁判所が91年「違憲」と判断し、93年に別姓を認める法改正がなされました。オーストリア、スイスも変わりました。

 アジアでは、タイが2005年「選択的夫婦別姓」に、トルコは02年、妻について夫と妻の姓をつなげる「結合姓」を認めました。

 アメリカやイギリス、フランスなどは、法的には結婚後の姓に関して決まりがないので、最近は夫婦別姓を選ぶ人が増えました。また、これらの国々の植民地だったアジア・アフリカの国々は、宗主国の夫婦別姓をそのまま取り入れた国が多かったようです。

 国連の女性差別撤廃委員会は、03年と09年、日本の民法の夫婦同姓規定について「差別的だ」と批判し、選択的夫婦別姓制度の導入を求めました。

 というような世界のことを話しても、夫婦同姓にこだわる人は、「世界は関係ない、これは日本の伝統なんだ」と言ったりします。その発言を聞くたびに、いつからの伝統と考えているのだろうと僕は思います。

 断言しますが、江戸時代までは、そんな伝統はありません。一部の武士の例を出して、「日本は昔からそうだった」と言っている人をネットで見ましたが、それはたった一頭の白いトラを見つけて、「すべてのトラは白い!」と言うことと同じです。

 そもそも、一般庶民は名字を許されたり勝手に名乗ったりした人もいましたが、名前だけの人も多く、武士は結婚しても、妻は実家の姓を名乗るのが一般的でした。こんなことは、少し調べればすぐに分かることです。数頭の白いトラを見つけたからと言って、すべてのトラの色を変えることはできないのです。

 多くの国民が姓を持つことが認められた1870(明治3)年でも、政府は妻には結婚後も実家の姓を名乗るように指示しています。そして、1898(明治31)年に施行された明治民法が「家族は同じ家の姓を名乗る」と規定したのです。

 ですから、1898年からの伝統だというのなら、分かります。でも、僕の考えだと、それは「伝統」ではなく、120年ほど昔の「社会制度」です。

 また、「夫婦別姓を認めると家庭が崩壊する」と語る人もいます。海外でももちろん、同姓を選んだ夫婦はいます。別姓にしたら崩壊すると言う以上、「夫婦別姓の夫婦の離婚率と、同姓を選択した夫婦の離婚率」のデータがないと断定できません。でも、そんな調査は見たことがありません。

 だいいち、日本の離婚率は、2019年のデータだと34.8%です。三組に一組が離婚しています。これは世界の統計の中だと、特別上位でもなく、極端な下位でもありません(統計を取る国の数で動くので、正確に何位とは言えないので)。

 夫婦別姓だと家庭が崩壊する、一体感が持てないというのなら、世界で唯一の強制的夫婦同姓のわが国の離婚率は極端に低いはずです。でも、そうではありません。強制的夫婦同姓を主張する人は疑問に思わないんでしょうか。

 どちらかに決めるんだから強制じゃない、選択しているという、食事中だったらごはん粒を噴き出しそうな意見をネットで堂々と言っている人もいます。夫の姓を選ぶ割合は、2015年のデータで96%です。これで夫婦の自由な選択だとは言えません。

 子供の名字が親と違うのは可哀相というのは、本末転倒の話でしょう。現状、強制的夫婦同姓だから、親と子供の名字が違うことが、一般的じゃないというだけです。

「選択的夫婦別姓」になれば、それは当り前になります。

 というか、そもそも、「選択的」なわけです。

 別姓になったら家庭が崩壊すると本当に信じている人は、話し合って同姓にすればいいし、スタベッキさんの彼女のようにそれは嫌だという人は別姓にすればいいだけです。つまりは、大きなお世話です。夫婦がどんな名字を選ぶかは、当人同士の問題なんだからほっといてちょうだい、というだけのことです。

 と書きながら、この原稿にも烈火のごとく怒る人がいます。それはもう、宗教的情熱だと思います。「夫婦同姓は誰がなんと言おうと、事実がどうであろうと、日本文化の根本。変えてはいけない」という宗教的信念です。自分の信仰しか認めない態度からは、何も生まれないと思います。

 スタベッキさん。僕も、2021年6月の最高裁判決には失望しました。

 現状の民法の「夫婦同姓」を違憲(憲法違反)としたのは、15人の裁判官のうち4人のみでした。

 もうすぐ、衆議院選挙と共に、「最高裁判所裁判官国民審査」の投票も行われます。今回は11名の裁判官が国民審査を受けます。先に述べた最高裁判決で「夫婦同姓を義務づける民法等の規定」を「違憲」としたのは宇賀克也裁判官、草野耕一裁判官、三浦守裁判官の3名(宮崎裕子裁判官は残念ながら定年退官されたようです)、「合憲」としたのは深山卓也裁判官、林道晴裁判官、岡村和美裁判官、長嶺安政裁判官の4名。このことをしっかり覚えておこうと僕は思っています(残りの4人は2021年6月の最高裁判決後に就任した裁判官です)。

 ただし、合憲だとした多数意見も、「制度の在り方は、(中略)国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならないというべきである」としています。

 つまりは、国会に丸投げしているのです。最高裁判所が高度に政治的な案件に対して、よくやる方法です。

 国会ということは、つまりは、国民ということです。

 国連の勧告に対して日本政府は「法改正は国民の理解を得て行う必要がある」と弁明しました。

 やっぱり、国民ということです。

 さて、スタベッキさん。「夫婦同姓」の問題をいろいろと調べたスタベッキさんにとっては、すでに知っている情報を長々と並べたと思います。

 いろいろ書いたのは、「選択的夫婦別姓」問題は、宗教的信念のある政治家が決めるのではなく、私達国民が決められる問題だということを伝えたかったからです。そして、「強制的夫婦同姓」の問題点を多くの人に知ってもらうことが重要なことだと思っているからです。それが、スタベッキさんの問題を根本的に解決することにつながるだろうと思っているのです。

 日本で「選択的夫婦別姓」が実現しないのは、ほんの一部の宗教的信念の人をのぞけば、多くの人が「自分には関係のない話」だと思っているからだと僕は考えています。

 関係ないと思った場合は、私達日本人は「波風が立たない結論」を選びがちです。僕が繰り返して書く「世間」の「所与性」です。変わることを嫌い、同じことを続けていくことが一番重要だと思ってしまう感覚です。

 でも、将来にわたって、本当に「強制的夫婦同姓」が自分に関係ないかどうかは誰にも分かりません。自分が男でも、スタベッキさんのような場合もあるし、すでに夫婦同姓を選択していても、自分の子供や孫がぶつかるかもしれないし、結婚してなくても子供がいなくても、友人や親戚の子供が直面するかもしれません。

 そのために、今、どうしたらいいかと考えるのは、人間の大切な能力、想像力です。

 スタベッキさん。「親の都合による不利益を将来生まれてくる子に背負わせていいものか」と書かれていますが、(この気持ちはよく分かりますが)子供が生まれる前に、まずは、夫婦関係が大切です。生まれてくる子供のために、二人の関係がギクシャクしたら、それこそ本末転倒です。

「結婚と姓、そして家族について、私はどう向き合っていくべき」とも書かれていますが、スタベッキさんは、今、ちゃんと向き合っていると思います。

 僕のアドバイスは、「二人が納得しているのなら、とりあえず事実婚で始めてみる」というものです。

 子供ができた時のために、「今決めておく必要はあると考えています」と書かれていますが、今、これだという決定的な案が浮かぶとはあまり思えません。

 世の中には、いろんな形で「強制的夫婦同姓」を拒否しているカップルがいます。いろんな形を知ることはスタベッキさん夫婦にとって役に立つと思いますし、いろいろと二人の考えが変わっていくかもしれません。なにより、時代が変わるかもしれません。未来なんて誰にも分からないんですから。

 スタベッキさんと同じ問題を抱えて、うんうんと試行錯誤しているカップルは多いと思います。納得できないまま、夫の姓にした女性も多いと思います。内心、名字を変えた妻に対して申し訳ないと思っている男性も少なくないと思います。

 スタベッキさんとパートナーは、今、時代と格闘しているのです。

 その戦いを、僕は応援します。


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