「出汁がでちゃうじゃないか!」水野美紀が破水後に子宮口が開かず処置された昆布に対する夫の感想
人生において、ともすれば命の危険にさらされるくらいの痛みと、涙が溢れるくらいの喜びが「同居する」場面、というものはあるだろうか?
私は最近経験した。
そして読者の皆さんの母親はもれなく経験されているはずだ。
そう。出産だ。
話は今から一年ほどさかのぼる。
臨月を迎えた私は不安と恐怖に苛まれていた。
一体、陣痛やら分娩(ぶんべん)の時の痛みとやらはどれ程のものなのか。
もうすぐ必ず訪れる、その痛みのことを考えるのが怖い。
怖くない妊婦なんているものか。
無痛分娩にしなかったのは、一番通いやすい病院が、たまたま無痛分娩を扱っていなかったからという理由だけ。
その代わり「フリースタイル出産」という特徴があった。それは、分娩台以外にベッドや畳、水中出産の中から選べるというものだ。
水中か畳か。
そのどちらかで迷った結果、畳の上でのスタイルを選んだ。
畳の上でゴロゴロと楽な体勢を取れる方が良いような気がしたからだ。
この判断は後に吉と出るか凶と出るか……。
なにせ初めての経験なので、賭けである。
安産につながると聞けば何でも試した。
運動をした方が良いと聞いてプールに通って週3で泳いだ。
会陰が裂けるのを防ぐため、カレンデュラオイルでマッサージもした。
ママさんヨガもした。
経験談もたくさん聞いた。
友人A「痛いよおー(にやり)」
友人B「ほんとに痛いよおー(にやり)」
という恐怖が増すだけの体験談から、
「私はね、陣痛が長い方がラクなのよ、だんだん痛みに慣れるからね」
という、3人産んだベテラン看護師の話。それから、
「鼻からスイカってよく言いますね、でも実際は、グレープフルーツくらいですから」(ヨガ講師)
「いつかは終わる痛みです」(看護師)
という、もやっとするアドバイス。
「病院のご飯が豪華で美味しかった」
という、出産に関係ない感想から、
「最後にいきむ時はね、すごく気持ちがいいよ!」
といった前向きな意見までたくさんヒアリングした。
しかし、それで心の準備が整ったかと言われればNOだ!!
Xデーに向けて恐怖は増すばかりである。
そしてその時はやってきた。
予定日を過ぎても音沙汰がなく、気晴らしに、夕食の買い物がてら近所の商店街を夫婦で散歩していた時のこと。
ふと、ぬるい水が股から流れ出たのを感じた。
おちょこ半分くらい。
「破水……か?」
イメージでは大量にバシャー! っと出るのが破水である。
何たって、破裂の破である。
立ち止まった瞬間、再び、今度はおちょこ一杯くらいの出水。
これはきっと破水だ。
7割くらいの確信を持って夫にそう伝えた瞬間、夫の瞳孔が開いた。
おっと、動揺しているぞこれはかなり動揺しているけども何とか冷静を装わんと頑張っている。
ともかく帰宅して病院に電話すると、入院準備してすぐ来てくださいとのこと。
まだ陣痛は全くなかったので、ドキドキしながらもテキパキと準備を整えて、夫の運転で病院へ。
すぐに検査してもらうと、子宮口は全く開いていないものの、破水で間違いないということでそのまま入院することに。
よく、陣痛が始まって病院に駆けつけても、子宮口が開いていないと家に帰されると聞くが、破水の場合はそこから感染する危険が発生するので入院になることが多いらしい。
夜9時頃に入院し、
「さあいよいよ陣痛だ! もういつ来てもおかしくない!」
と待ち続けたが一向にそれらしき痛みは来ないまま、朝を迎えてしまった。
その日の昼だったと思う。子宮口を開くための処置を提案された。
昆布でできた棒を差し込んでふやかして開く、というものだ。
「出汁が出ちゃうじゃないか!!」
当然そう思う人もいるだろう……その時の私は考えつかなかったが夫はそこを心配していた。
軽くグーでやってやった。
カチカチに乾燥した昆布でできた細い棒を3本、子宮口に差し込まれ、病室に戻って再び陣痛を待つ。
時々別の部屋から、
「ガアアアーーー!!!!」
という、分娩中の叫び声が漏れ聞こえてくる。
ああ、早くこの恐怖を終わらせて赤ちゃんをこの腕に抱きたい。
この時にはもう、早く陣痛が始まることを心待ちにしている自分がいた。
しかし、この日も陣痛が来ることはなく、Xデーは翌日に持ち越された。
翌日、朝には昆布の力で3センチほど子宮口が開き、わずかではあるが陣痛らしき痛みが始まった。
その痛みは昼にかけて少しずつ強くなってはいたが、進みが遅いので、
「促進剤を入れましょう」
ということになった。
破水しているので、あまりのんびり構えていられないのだ。
破水してから24~72時間以内にお産、というのが目安らしい。
この時、私は陣痛ったって大したことないんじゃないか、案外耐えられるんじゃないかと自信を持ち始めていた。
どんとこい! という気分にすらなっていた。
30分後にその自信は、木っ端微塵に粉砕されることになる。