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第8回

 カフェと居酒屋への納品を終え、配達リストの午前中パートの最後である民宿に向かう途中、昭の運転する車が学校のすぐ近くを通った。

「何遍見ても慣れんなぁ」

 つい四年前まで毎日通っていた場所が、大きく、そして小ぎれいになっている。島に一つしかない県立高校という立ち位置は紘が上京する前から変わらないが、子どもの人数が減少していることもあり、三年前に中学校と連携したのだ。中高一貫教育、なんて聞こえよく謳っているが、小さくなったもの同士がくっついただけだと、地元の人間にはバレバレだ。

「親父さん、どっかにおるかな」

 クラクションを鳴らそうとする昭を、「やめとけって」紘は止める。紘の父親は、島で一つしかない高校の日本史の教師だ。つまり、紘が高校生のときも思い切り教壇に立っており、当時の紘はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。今になってやっと、毎日人前に立ち、何かを教えるということを日々繰り返している父のことを、心の底から尊敬できるようになったが。

 ただ、人に何かを教えるという行為を来る日も来る日も繰り返していたからだろうか。紘の父親の口癖は、尚吾の祖父のものとは真逆の内容だった。

 ――よかて思うものは自分で選べ。

 紘の父は、まだ小さな紘に、何度も何度もそう言った。なんでも、大学の教育学部で日本史を学んだ数年間、教科書に記載されていた様々な事柄が最新の研究によってどんどん更新され続けたことがあまりに衝撃だったらしい。これが正しい情報ですと教えられ、信じていたことが、次々に目の前で変更されていく。さらに、父が特に好きだったのは戦後の現代史なのだが、その部分の捉え方が教授によって大きく異なること、そして学ぶ角度によって一人の人物が悪人にも善人にも見えることにとても驚いたらしい。決定打となったのは、いざ自分が教壇に立ち日本史を教えることになったとき、自分の小さな一言で、生徒に伝わる情報が大きく変わることを自覚した瞬間だったという。様々な戦争においてどちらの国が悪いということを明言しなくとも、表現や語尾ひとつで、生徒にとってのそれぞれの国の印象は大きく変わってしまう。すでにそこにある巨大な絵巻を読み込むようにして楽しんでいた歴史が、実は誰でも描き込めるスケッチブックのようなものだと痛感したことが、父の人生観を変えたのだ。

 ――なあ、紘、よかて思うものは自分で選べ。どうせぜーんぶ変わっていくと。うちは家業のあるわけじゃなかし、俺はお前に島に残ってほしかとも思っとらん。お前はどうやら頭のよかごたるし、いろんな大学の情報も俺が集めてやるけん、自分で好きなもん見つけて、住むとこも自分で選べ。

 皮肉なことに、その口癖を日常的に聞くことができていた当時は、学校という空間に自分の父親がいることをわけもなく不快に感じていたのと同じように、父の言わんとしていることの意味をわけもなく理解しようとしていなかった。理解しようとしなくても別にいいと思っていた。

 紘は、流れていく景色の中、やけに堂々としている校舎を見つめる。巨大な生物の呼吸孔のように存在するいくつもの窓のどこかに、父の横顔を見つけようとする。広いグラウンドやテニスコートなどを率いるみたいに聳(そび)え立つ学校は、窓の外をなかなか流れていかない。

 父の言葉の意味を理解し始めたのはきっと、尚吾の祖父の口癖を何度か聞いたことがきっかけだ。質のいいものに触れろ。質のいいものに触れろ。東京で様々な名画座に連れて行ってくれた尚吾からその言葉を聞くたび、紘は、頭の片隅に浮かぶ違和感に気づかないふりをしていた。

 質がいいって、誰がどうやって決めているんだろう。歴史の教科書だって間違っていることがあるのに。

 紘はあえて、その疑問を口にしなかった。というよりも、あのときは、脳内を浮遊する違和感にどんな言葉が当てはまるのか、よくわかっていなかった。

「体育館もきれいになったよ」

 グラウンドの長辺に沿うように走っていた車がスムーズに右折する。銀色のフェンスの向こう側に、当時よりは一回り小さく感じられる体育館がある。

「あそこで上映会したよなあ、お前」

 昭の一言に、「うわ、したなあ!」と紘は思わず助手席から身を乗り出す。同時に、その上映会が実現するまで長期間に亘(わた)って島じゅうを東奔西走していた父の姿を思い出し、少し恥ずかしくもなる。

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