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東大合格が人生のゴールではない「社会でも活躍できる」子育て法を元開成校長に聞く

 志望大学に合格した途端に目標を失う、卒業間近になってもやりたいことが見つけられずとりあえず大学院に進んだり就職浪人に……そんな若者が増えている昨今。大学は自立して自力で食べていけるようになるためのステップの一つであり、ゴールではないことを、親子共に再認識することが大切です。『男の子を伸ばす母親が10歳までにしていること』(2018年、朝日新聞出版)の著者で、東大合格者数40年連続日本一の開成中学・高校の元校長で、現在は北鎌倉女子学園の学園長を務める柳沢幸雄さんに、志望校合格で燃え尽きてしまわない、社会で輝ける場所を見つけられる子どもに育てる方法について聞きました。

■志望校を卒業後も活躍できる素因は何か

 大学には燃えている学生、冷めている学生、燃え尽きた学生がいます。4年間燃えて自主的に、自律的に学問と大人としての生き方を学び続ければ大きく成長します。私の経験では東大生の2割はこの分類に入ります。5割は冷めている学生で、自主的、自律的な学び方は知っているけれども、情熱に燃えて時間を過ごすことはなく、何となく冷めた4年間を過ごしています。3割は燃え尽きた学生です。中等教育の段階で自主的、自律的な学び方を身に付けることなく、指導されるままの無駄のない受験勉強で過ごしてきた学生たちです。自分流の勉強方法が身についていないので、大学に入学して途方に暮れてしまうのです。

 能動的な学習環境が自主性、自律性を育てるのには必要です。開成の授業では不規則な発言を含めて発言する生徒が多いので、以前他校の先生が授業を見学しに来た時に、思わず「君たち、静かにしなさい!」と怒鳴ってしまったことがあるくらいです。

 なにせ、開成の授業は生徒たちが口々に発言したり声をあげるのが当たり前ですから、「静かに聞くべし」を基本として指導してきた先生にとっては驚きだったのでしょう。

 少し話はそれますが、最近、子どもたちが能動的に学ぶことができるような学習方法、「アクティブラーニング」が注目を集めており、高校や義務教育の中でも取り入れられています。

 一般的には、生徒にグループディスカッションやディベート、グループワークをさせるという手法が用いられます。しかし、開成の場合、授業で、「なんで?」「もしかしてこういうこと?」と声がこぼれたり、すっと腑に落ちて「ああ、そういうことか!」「わかった!」という声が上がることが当たり前で、それはすでにアクティブラーニングとなっているのです。

 多くのことを学校で学びますが、それを静かに聞いているだけでは、受け身のため頭が働かず定着しません。定着させるには、頭の中に入ってきたものを表現する必要があるのです。

■勉強だけしていればOKではない

 開成では自由な雰囲気の下、運動会や文化祭などの行事は生徒が自主的に責任をもって運営しています。一つの目的に向けてチームで行動する方法を自主的に学んでいるのです。

 また、中高一貫校のため、先輩が後輩の面倒を見て、後輩は先輩を慕うという形ができやすく、さらに、OBと触れ合うチャンスも多いので、幅広い人間関係を築けます。

 社会に出てからも活躍するためには、まず「自分の居場所」をつくることです。今いる、自分が時間を過ごしている場所で、どれだけ自分が心地よく、居心地よくいられるかは自分次第です。いわば、適応力であり生活力でもあります。そうした力をつけるには、集団行動の中で責任感を培ったり、幅広い人と触れ合う経験が重要なのです。

柳沢幸雄『男の子を伸ばす母親が10歳までにしていること』

 たとえば、各家庭の中でそれを実践しようとするのなら、子どもに家の手伝いをさせるのも一つの方法です。

 はじめのうちは遊びの延長で親も一緒に、そして徐々に子どもを主体にし、ほめながら手伝う内容をスキルアップさせていきます。「ほめて育てる」というのが大事なポイント。叱って育てれば子どもは萎縮し決して伸びません。

 そしてしっかりできるようになったら、「これはあなたの役目です。やってね」と伝えることで、子どもは家族の一員として組み込まれることを誇りに感じ、自信につながります。

 また、塾通いが始まるとそれまでの習い事をやめさせてしまう家庭も多いのですが、子どもにとって習い事が息抜きになっている場合もあります。もしそうなら、続けさせることで勉強も効率的に進みますし、限られた時間をマネジメントする力もつきます。また、学校以外の人間関係もそこにはあるはずです。

 これらの積み重ねが、自分で考え行動する、受験だけで終わらない子どもを育てる秘訣なのです。

■子どもに話をさせる、ほめることで自信が育つ

 社会に出て活躍するには、個人としての強さ、強い自己を持つことが重要です。それには、集団の一員として自分の役割をきちんと果たし、自らの考えを言葉にし、実行する必要があります。さらに、人とのつながりを大切にし、自分で居場所見つけていくことも大事です。

 ここまで述べてきたように、開成では、それらの力や感性を養うことを目的の一つとした教育方針を取っているので、開成出身者たちは東大をはじめとする難関大学に合格しても、それを人生の一つ通過点と捉え、社会に出るとさらに生き生きと自分を磨いて活躍していきます。

 しかし、開成に行かなくても、このベースとなる力は家庭で充分伸ばすことができます。

 家庭でできることのなかで、一番大事で簡単な秘訣、それは「子どもに話をさせる」ことです。

 本の中でも繰り返し伝えていますが、子どもにはどんどん話をさせ、親は聞き役に徹します。話すことで脳が活性化され、論理立てて考えられるようになり、コミュニケーションの力もついていきます。アクティブラーニングの家庭版です。

 さらに、親がきちんと話を聞いてくれることで、子どもは親から受け入れられている安心感を保つことができ、憶することなく外の世界にもはばたいていきます。

 こうして育った子どもは、人生のどのステージでも自分の居場所を見つけ、自分の特性を生かして活躍できる、「生きる力」を持った子に育つのです。

 東大出身という学歴を手に入れることを目的とするのではなく、その先も「生きる力」を持ちつづけられる人間に成長することが、もっとも大事なことではないでしょうか。

(取材・構成/松島恵利子)

柳沢幸雄(やなぎさわ・ゆきお)
1947年生まれ。東京大学名誉教授。北鎌倉女子学園学園長。開成高等学校、東京大学工学部化学工学科卒業。71年、システムエンジニアとして日本ユニバック(現・日本ユニシス)に入社。74年退社後、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻修士・博士課程修了。ハーバード大学公衆衛生大学院准教授、併任教授(在任中ベストティーチャーに数回選ばれる)、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授、開成中学校・高等学校校長を経て2020年4月より現職。シックハウス症候群、化学物質過敏症研究の世界的第一人者。自身も男の子を育て、小学生から大学院生まで教えた経験を持つ。
主な著書に『東大とハーバード 世界を変える「20代」の育て方』(大和書房)、『なぜ、中高一貫校で子どもは伸びるのか』(祥伝社)、『母親が知らないとヤバイ「男の子」の育て方』(秀和システム、PHP文庫)などがある。


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