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東日本大震災で被災者たちが本当に失ったもの…元自衛隊メンタル教官が解説

 震災から10年。被災者の中にはまだそのつらさから抜け出せない人もいる。大きなショックを受けた人は、その後日常的な出来事を送るだけで疲れてしまい、なかなか回復に至らないケースに陥ることもあるという。
 そのような人が少しでも前向きに生きるためのヒントを、『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れをとる技術』(朝日新書)の著者、下園壮太氏に聞いた。

 震災のショックからなかなか立ち直れない人は、「東日本大震災で自衛官をPTSDから守ったのは『第3の自信』だった…元自衛隊メンタルヘルス教官が解説」でお話ししたように、2段階の疲労状態から抜け出せないサイクルに陥っている可能性があります。

 被災後1年ほどは、あわただしく変わる環境への対応に必死で、アドレナリンを全開にして頑張ったと思います。この時期は本来感じるべきショックや疲れを感じずに生活できます。しかし、仮設住宅に入り、生活が何とか落ち着いたころに、これまでの疲れが表面に出てくるのです。

 まだ十分にエネルギーがたまっていない状態での活動は、日常的なストレスを2倍に感じてしまうため、回復が難しくなります。

 これは、うつ状態のリハビリ期のジレンマと同じ構造です。回復したいのに、活動すると少しのことで疲れてしまう。傷ついてしまう。回復と落ち込みが拮抗(きっこう)してしまうため、その状態からなかなか抜け出せないのです。

■自信を失ってしまっている

 うつのリハビリ期も、震災を引きずるのも、ポイントは「自信の喪失」にあります。

 私は、自信を3つに分けています。まず、何らかの課題ができるようになる「“できる”という自信」、第1の自信です。第2の自信は「自分の体力や生き方に対する自信」。第3の自信は「守ってくれる仲間がいる、愛されている、必要とされている自信」です。

 第1の自信は、わかりやすく、人はこれを積み上げて自信を大きくします。ところが、第2、第3の自信が崩れることで、第1の自信も一気に崩れてしまうケースが多いのです。

 例えば、震災の場合、これまで助け合っていた家族や仲間を失います。第3の自信の大きな喪失です。さらに、けがをしたり体調が崩れたりすることで、第2の自信は低下してしまいます。震災の場合、特に際立ったのが、第2の自信のうち「生き方に対する信念」の崩壊です。

 震災を経験した人は「こつこつ努力しても、すべて流されてしまう」「大切にしていても意味がない」などと、これまでの生き方を根底的に揺さぶられた方も多いのです。

 原始人で考えてみてください。仲間を失い、体の機能が低下し、狩り場を奪われ、これまでの成功パターンも通じなくなったら……。これが第2、第3の自信を失った状態です。

 そんな人に、新しい家に入れた、仕事が見つかった、仕事で認められるようになった、「だから、もう元気を出して」は通じないのです。

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■年月を味方につける

「それにしても、何年もたつのに」。そうおっしゃる方もいるでしょう。

 何年も、というのは、私たち現代人の感覚です。ところが、私たちの体はまだ原始人仕様。原始人にとって、身内が亡くなる、家がなくなる、畑や船を失うということは、非常に大きな出来事です。その危険を忘れ、生活を再建するには、時間がかかるのです。

 昔から日薬(時が癒やす)ということが言われます。例えば、愛する人を失ったとき、私たちは、最初は、初七日、四十九日、月命日と頻回に悼みますが、次第に期間が開き、一周忌、三回忌(2年目)、七年目に七回忌、十三回忌~二十七回忌と続きます。これが、本来、人が大きなショックを受け入れるプロセスなのです。

 だから、人知れず大きなショックを受け、頑張り続けたあなたには、5年はちょうど心の整理の半ば、まだ、引きずっていて良いのです。

■第2、第3の自信を回復させる二つのステップ

 年月を味方につけるとともに、第2、第3の自信を少しずつ回復させる方法をご紹介しましょう。

 第2の自信は、自分の体と生き方の信念の自信です。うつのリハビリ期もそうですが、過去のつらいこと(震災や、うつになってしまった体験)に対する考え方を急に変えることなどできません。だから、信念の変更は難しい。でも、体にアプローチすることはできます。

 うつのリハビリでウオーキングが効果的なことは、医学的にも証明されています。私は、ウオーキングに加えて、ヨガなどのストレッチ系の運動や呼吸法をお勧めしています。あまり疲労をため込まなくて済むし、続けていると、自分の成長や若返りを感じやすくなります。これは直接的に第2の自信を補強するので、次第に活動的になっていきます。

 第2の自信を補強したら、好きな人との付き合いを多くしましょう。いきなり嫌な人と付き合う必要はありません。2倍モードなので、それだけで回復が停滞します。好きな人、攻撃的でない人との時間を多く持つようになると、第3の自信が徐々に、本当に少しずつ回復していきます。

 震災10年目、この時期になるとマスコミなどで震災の映像などが流れて、苦しいという方もいると思います。しかし、さまざまなことが頭をよぎるのは、人の心の自然なプロセスが進んでいるのだと思っていただき、その思いを共有できる人と語りあう場にできると、回復のプロセスを一つ進められるのではないでしょうか。


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