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「相手に諦められたのではなく、あなたが諦めたのです」作家・森博嗣氏の“諦め”論が深い

「突っ慳貪(つっけんどん)な印象を持たれ、好感度ダウンとなること必至だろう。だが、好感度を上げたいという欲求は僕には皆無なので、まったく影響を受けずに書いた」
『すべてがFになる』『スカイ・クロラ』数々のベストセラーを生みだした作家・森博嗣氏の『諦めの価値』(朝日新書)からの言葉だ。現在森氏は、労働時間は毎日1時間で、幼い頃からの夢だった「庭園鉄道」(庭に敷設する鉄道模型)を整備する毎日を送っている。森氏が夢を叶えられた理由は、仕事や人間関係など多くを「諦めた」からだという。森氏にとって「諦め」とは何なのか? 森氏に寄せられた人生相談を本書から一部抜粋して紹介する。(写真:Gettyimages)

■この歳まで、なにも成し遂げられていない

【相談1】
「俺はこれをやった」という仕事が、50歳近くなって、ほとんどありません。諦めるのは早いでしょうか?

 これからそういう仕事をするよう頑張るのか、そういう無駄な気持ちを持たないよう
にするのか、あるいは別の道か、どうすれば良いでしょうか?

【森博嗣さんの答え】
 仕事というものは、「これをやった」というものが存在しなければ、賃金を得ることができません。もし、仕事をして賃金を得ているなら、なにかはしているはずです。

「ほとんどありません」とおっしゃっているのは、おそらく謙遜なのでしょう。

「これをやった」と他者に語れるものがない、という意味かもしれませんが、仕事でなにをしても、大して威張れるようなものではない、と僕は考えています。威張るために仕事をするわけではないからです。

 仕事は、対価を得るために、自分の時間と労力を差し出す行為のことです。賃金が得られたら、それが「やった」ことのすべてと考えるべきです。

 どんなに目立つことをしても、あるいは、どんなに人から感謝されることをしても、それが仕事だったら、偉くもなんともない、と僕は感じます。大変な作業、あるいは才能がなければ成立しない作業であれば、それに応じた賃金が支払われているわけですから、そこで帳尻が合っている。誰にもできる簡単な仕事をして、少ない賃金を得ても、誰にも真似ができない仕事をして、多くの賃金を得ても、どちらが偉いわけでもありません。

 たまに、「あの橋は俺が造った」とか「ひと頃一世を風靡(ふうび)したものだよ」とか、過去の仕事の自慢をする人がいますが、ちょっと派手な服を着ている人、程度の印象で、服が人間の価値を高めているようには見えません。

 もし、人に語れるようなことがしたいのなら、ボランティアとして奉仕活動をされるのが適切でしょう。見返りを求めない作業の方が、仕事よりは少し偉いといえます。でも、人に語れることが見返りになっているとしたら、それほどでもありません。

 そんなことよりも、自分の趣味に没頭して、俺はこれをやった、と自分一人で悦に入(い)る方が、よほど健全なのではないか、と僕は思いますが、いかがでしょうか。

■やりたい仕事を諦めるべきか?

【相談2】
 20代後半の女性です。現在の会社には、もともと企画志望で入社をしました。

 ところが、入社して以来ずっと営業部門に配属され続けています。強い意志で会社を辞めるなりすることも考えたのですが、今以上に待遇の良い会社で企画の仕事をできる保証もなく(むしろその可能性は非常に少ないでしょう)、行動に移せずにいます。

「置かれた場所で咲きなさい」の心情にも近いのですが、この方針で、20代の若い時期を過ごして、のちほど後悔しないかどうか不安です。

【森博嗣さんの答え】
 仕事というのは、自分一人で決められない、他者との関係の上に成立しているものですから、全員がそれぞれ、すべて納得のいくようには運びません。それはわかっていらっしゃることと想像します。「強い意志」かどうかはわかりませんが、夢を追うために転職するかどうか、という判断は、メリットとデメリットを確率的に天秤にかけることになります。

「後悔しないようにしたい」というのは、よく聞かれる言葉ですが、いくら考え抜いて決断しても、運が悪いときには、その判断が間違っていた、と考えがちです。でも、それは単なる結果論にすぎません。もともと、そういったリスクは考慮されていたはずなので、あとは確率の問題です。馬券を買っても当たらなかったから、別の馬に賭けておけば良かった、と後悔するのと同じです。

 明らかに判断材料を見誤った場合であれば、それを教訓にして、今後の判断基準として反映させることができますが、それでも過去へ時間を戻すことはできません。チャンスは未来にしかないのです。今という時間は、過ぎてしまえば取り返せない、という当たり前のことに悩むのも、どうかと思います。

 将来後悔しないためには、今、とことん考え抜くしかありません。可能な限りの観測と、精一杯の考察が、今できることです。できるかぎりのことをしていれば、不運に見舞われても諦めがつくでしょう。

■人に諦められたときの対処法

【相談3】
 ここ数日、妻が目を合わせてくれず、冷たい態度を取られています。思い当たることといえば、妻がやってと言っていたことを放ったらかしてしまった、妻との時間より仕事を優先することが多すぎた、などでしょうか。話し合おうとしたところ、「もう期待するのに疲れた」と。

 良い関係に戻るには、どうしたらいいのでしょうか?

【森博嗣さんの答え】
 正直いって、全然わかりません。

 良い関係に戻れるとお考えなのでしょうか?

 それこそ諦めるべきではないか、と思いました。つまり、もし本気で良い関係に戻りたいのなら、考えつくあらゆることを、既に実行しているはずだからです。

 それをしないで、こんな質問をすること自体がとても不思議でなりません。

 おそらく、あなたは良い関係に期待をしていない、今の状況が特に悪いものだとは思っていない、あるいは、奥様の方に問題があるという疑いを持たれている、ということでしょう。文面からは、そういったことが読み取れました。

 つまり、諦めているのは、あなたの方なのです。

【謝辞】
 ご協力というのか、ご相談をいただき、感謝いたします。返答がお気に召さなかった場合は、上がった血圧を利用して、是非問題解決に活かしていただければ、と思います。


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