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もし今パワハラ被害にあっているなら「やってはいけないこと」と「直ちにやるべきこと」とは? 自衛隊メンタル教官に聞く

 もし今、あなたが職場などでパワーハラスメントの被害にあっているとしたら、もしくは身近に見聞きしているとしたら、どのように被害者の「心」を守っていけば良いのか。『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』を刊行した下園壮太さんに、メンタルケアの視点から話を聞いた。
(タイトル画像:kazuma seki / iStock / Getty Images Plus)

下園壮太著『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』(朝日新書)

■半沢直樹のように、相手を完膚なきまでに論破し、土下座させたいけれど…

 私は日ごろから、上司などからパワハラを受けて苦しんでいる方のカウンセリングも行っています。

 苦しい思いをしたパワハラ被害者は、恐怖とともに、強い怒りを感じています。そして、その怒りのままに「相手をやっつけたい」という強い衝動も秘めています。

 さすがに暴力はダメだとわかっているけれど、ドラマ半沢直樹のように、相手を完膚なきまでに論破し、土下座でもさせたい。

 しかし、本当にそれをやってしまったら、現実的な問題解決とはいえない、別の結果になってしまうでしょう。

 一般的に、パワハラをしてしまう上司は、議論が得意な人であることが多いです。上司側にいろいろ非はあるにしても、バトルになったらまず言い負けるでしょうし、運よく一時的にやり込めても、恨みを買います。そして、事態はさらに苦しくなってしまう可能性が高いでしょう。

 もし今まさにパワハラにあっているならば、本人が直ちにするべきなのは相手をやっつけることではなく、加害者から「距離を取る」ことです。

 しかし、被害を受けた本人にとっては、このチョイスは極めて難しいです。

 怒りのスイッチが入った被害者にとって、相手から距離を取るという「撤退案」は、周囲が考えている以上に、受け入れがたい選択肢なのです。

■「労基署に通報したい」という被害者の訴え

 パワハラについて、1つのカウンセリング事例を紹介しましょう。

 あるクライアントには、パワハラ上司と離れるために、人事異動案が提示されました。

 しかし、本人は、

「どうして被害者である私が異動しなくてはいけないのか。上司が言動を改めなければ、根本の問題は何も変わらないじゃないか」

 と、その提案をガンとして受け入れようとしませんでした。

 さらに助けてくれようとしている役員や人事にも怒りを感じて、「労基署(労働基準監督署)に通報したい」と、私に訴えました。

 私は、まず最初にクライアントの怒りを受け止め、怒りの「言い分」を全て聞いていきました。そして信頼関係を構築できたと思える段階で初めて、今回提示された異動の件について、検討に入りました。

「その上司は誰かが指導してくれれば、変わるかな?」
「ん~変わらないと思います」
「おそらくそうだよね。会社も仕事の都合で上司をしばらくは異動させられないとしたら、今の状態に、あなたはしばらく耐えなければいけないんだけど、どうかな」
「それは難しいかもしれません」
「そうだよね」

 このようにして本人の気持ちも汲み取りつつ、異動案を受けたらどうなるか、受けなかったらどうなるかなど、少し先の未来を2人でシミュレーションしていきます。検討の作業や議論を重ねているうちに、クライアントの怒りもかなり収まってきたようでした。

■被害者が気づいていないのは、自分自身の「疲労」

 クライアントにはもう1つ、私からお話をしたことがありました。それは「疲労」です。

パワハラの被害者は、疲労により3倍モードになっているため、怒りの感情に支配され、冷静な判断ができなくなっていることが多い

 通常パワハラ被害を受けた人は、心身が傷つき、疲れ切っています。

 これがもし、少し休養して復活できるレベルならば、上司に対して言い返したり、会社にさっさと見切りをつけて転職活動をしたりもできるでしょう。

 しかし、クライアントの体調を確認すると、すでに「うつ状態」。心身のエネルギーが枯渇していました。この状態では、怒りや不安などの感情は通常より過敏に働き、怒りの思考に乗っ取られるのも無理はありません。

 パワハラ被害者の中には、強い怒りの思考から「労基署に訴えたい」「裁判で決着をつけたい」と言って、実際にそうする人もいます。でも、疲れ切った状態で戦うことは相当過酷な作業となり、仮に勝ったとしても、その後、何年も落ち込むことになりかねません。

 また、裁判や労基署に訴えた後同じ会社で働き続けるというのも、かなりタフな人でないと難しいというのが、今の日本社会の現状ではないでしょうか。

「今は労基署に訴えることよりも、自分の心と体を守ることを優先したほうがいいと思うのだけど」
 と、私は言いました。すると、クライアントは、
「それなら、もう少し今の上司のところで耐えたほうがいいのでしょうか」
 と、聞いてきました。

 この方は今、疲れ切って「生きる自信」も極端に低下した状態にいます。今の上司のところで耐えるという案は、「耐えたい、頑張りたい」という、自分に対する自信をなくさないための、この人なりの選択肢です。
 
 私はクライアントの気持ちや意見を否定しないように細心の注意を払いながら、次のように話しました。

「今回の件で、この上司は注意を受けるなど環境改善もあったから、本来のあなたの力なら、耐えて仕事を続けることもできる。でも今は残念ながら、消耗して疲れ切った状態。まずは回復してからでないと、頑張ることも難しいと思うよ」

 この時のカウンセリングは数回にわたり行われましたが、結果的にこのクライアントは異動を受け入れ、新しい環境で仕事を続けるという、現実的な選択肢を自分で選ぶことができました。

■現実社会では「戦うよりも逃げるが勝ち」

 パワハラ上司の性格は変わらないし、変えられません。また、被害者自身の「耐える力」もすぐには変わりません。

 また、一度「攻撃する、される」の関係になると、お互いがそれを記憶してしまい、どうしてもその後の生活の中で、その関係性は再現されやすくなります。

 結局、どうにかしようとするよりも、「離れる」のがお互いのためなのです。

 パワハラの被害を受けたら、怒りのままに相手をやっつけたくなります。その気持ちはわかりますが、それで、本人が幸せになるかどうかは別です。

 多くのケースを見てきましたが、現実の社会では、戦うよりも逃げるが勝ち。

 逃げながら、上手に自分の怒りの感情と疲労をケアして、おだやかな日常を取り戻した方が「幸せ」に近いのです。

(取材・構成/向山奈央子)


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