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元自衛隊メンタル教官がうつ経験で学んだ“ドタキャンする勇気”

 メンタル不調、適応障害、うつ病。

 そう聞いて、「自分だけは大丈夫。そうはならない」と思う人は多い。と、同時に「自分も危ないかも……」と思う人も、また、今まさに苦しんでいる人もいるでしょう。

「うつ病になりやすい人はいるのか? という質問をよく受けますが、はっきり言って、現代の日本で働いている人ならば、うつ病は“だれにでも起こりうる”と考えてください」と、元自衛隊メンタル教官で、『人間関係の疲れをとる技術』の著者でもある下園壮太さんは断言します。

 下園さんは、34年間、自衛隊員のメンタル面でのサポートを行ってきました。定年退官した今は、カウンセラーとして、多くの人の心の不調の支援を行い、講演やテレビ出演などでも活躍している、いわばメンタルヘルスのエキスパートですが、実は、下園さん自身もうつ病の経験者なのです。

「まさか。僕だけは大丈夫。専門家である自分がなるはずがない」。その時、下園さんも、そう思ったといいます。

 今だから語れる経験も含めて、働き盛りのうつ病予防のヒントについて、話を聞きました。

■“自分は大丈夫”と思う人ほど「折れてしまう」理由

 自衛隊の現場でも、人一倍優秀で、厳しい訓練にも耐えた隊員が、ある日突然折れてしまう、つまり、うつ状態に陥ってしまうケースは少なくありませんでした。

 著書などでもお伝えしていますが、うつ病の原因は、多くの場合「疲労」です。疲労が蓄積されると、心身のエネルギーが枯渇する。それが、いわゆる「うつ状態」です。

 だから、疲労をためないことが最大の予防策なのですが、それは決して簡単ではありません。疲労のメカニズムとして、ある段階まで疲れると、疲れを感じるシステムが麻痺してしまうからです。

 特に、優秀なできる人ほど、ストレスの高い状態にあっても、問題解決能力が高く、人の助けを借りる知恵もあり、なんとか仕事をこなせてしまう。その分エネルギーを使っているのですが、疲労を感じない技術も高めてきています。

 すると、疲れを感じないままエネルギーを消耗している状態が続き、その間にさらに疲労が蓄積してしまう。そうしているうちに、疲労がある段階に達し、脳に「これ以上動くな」という指令が下る。すると、本来の能力や意欲もパタッと“停止”してしまうのです。

 これが、「自分だけは大丈夫」と思っている人ほど、突然折れてしまう理由です。

■働き盛りに必要なのは“ドタキャンする勇気”

 かくいう私も、これだけの知識を持ちながら、うつ状態に陥ってしまった経験があります。

 ちょうど40歳のころでした。アメリカで同時多発テロがあり、レスキュー隊員の心のケアが注目され、これまで培ってきたカウンセラーとしての経験と知識が、今こそ自衛隊で求められる!と意気揚々としていた時期です。

 全国の自衛隊施設を飛び回る日々。ある日、自衛隊員1000人を相手に、まさにメンタルヘルスの重要性を説く講習会がありました。

 その前日に、突然吐き気に襲われたのです。

 心身のなんともいえない重たい感じ。「おかしい。風邪の体調不良ではない」という直感がありました。たびたび「ふー」という大きなため息をつき、意味不明の切迫感もありました。

 ふと振り返ると、自分が全く休んでいないことにも気づいたのです。

別人化(うつの症状変化) 『人間関係の疲れをとる技術』より

「もしかしたら、僕はうつになったかもしれない」。当時チームを組んでいた精神科医の先生に言うと、その先生も「まさか」とびっくり。けれども診察してもらうと、結果は「うつ病」でした。

 悩みましたが、その講演をキャンセル。同僚がピンチヒッターとなってくれました。急に振られた同僚も本当に驚いたと思いますが、「大丈夫、俺がやる」と引き受けてくれたのです。ありがたかったです。私の人生で、一番大きな“ドタキャン”です。

 その日から1カ月休職し、その後、職場復帰しました。なかなか本調子には戻れず、“完全復活”を実感できるまでには約1年を要しました。

 けれども、逆に言うと、このときドタキャンできたからこそ、約1年で復活できたのです。もし、あの日、無理に講習会をこなしていたら、おそらく症状は一気に悪化していたことでしょう。1年で復活することもできなかっただろうと予想されます。

“ドタキャン”は勇気がいることです。責任感の強い人、人間関係を大事にしている人こそ、一番、ありえない選択かもしれません。

 でも、カウンセラーの立場から、こんな風に考えてほしいと考えています。

 例えば、交通事故に遭ったら、どんなに大事な約束でも、人は“ドタキャン”します。それを責める人はそうはいないはずです。

 心身のエネルギーが枯渇した「うつ状態」とは、深刻化すると、交通事故以上に自殺などによって死亡する可能性がある、大変なことになりかねない事態。だから、働き盛りの人こそ、あえて“ドタキャンする勇気”を、常に胸に持っていてほしいのです。

「自分だけは大丈夫」と思っている人、「仕事は絶対に休めない」とかたくなに思っている人ほど、感知できない疲労がたまり、うつ状態に近づいている可能性は高い。

 ひとたび「うつ」に陥ったら、その“潜伏期間”が長いほど、完治までに時間がかかってしまうことが多いのです。

 ドタキャンしたら「すべてを失う」と思うかもしれませんが、今思う“すべて”も、心身の健康があってこそ。

さらに言うと、長年、多くのクライアント、多くのケースに接してきましたが、仕事は断ったとしても、本当に縁のある仕事は、必ずまたオファーがあるものです。

 登山のリーダーが、ときに撤退する勇気を問われるように、ぜひ“ドタキャンする勇気”を、長く生きるために育んでください。

(構成・文:向山奈央子)



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