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第三舞台に憧れたかつての演劇青年が、20年の時を経て鴻上尚史さんとちょっとだけ関わりを持った話

 新刊が出る度に、広告を作り、POPを作り、チラシを作る。宣伝課のしがないスタッフが、独断と偏見で選んだ本の感想文をつらつら書き散らす。おすすめしたい本、そうでもない本と、ひどく自由に展開する予定だ。今回は、『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』を嗜む。

「朝日のような夕日をつれて」「スワンソングが聴こえる場所」「ハッシャ・バイ」「天使は瞳を閉じて」「ビー・ヒア・ナウ」「スナフキンの手紙」……

 これらはすべて鴻上尚史さんが書いた第三舞台の上演台本を書籍化したものだ。高校生だった私はこれらを買い求めて紀伊国屋書店に通った。かつて演劇青年の多くは、鴻上尚史さんや大高洋夫さん、小須田康人さんになりたかった。自分の第三舞台を作りたかった。

 ちょっと世代がズレている私は、第三舞台が休んでいる期間に作品に出会った。だからなのか、劇場で鑑賞できないと半ばあきらめていた「朝日のような夕日をつれて」(97年)を観劇した日、興奮した私はなぜか電車に乗らず、紀伊国屋サザンシアターから3時間も歩いて帰宅した。その距離ざっと15キロ。暗記していたセリフをブツブツつぶやきながら歩いていたにちがいない。これはもう、職務質問ものだ。

 そんな恥ずかしいほどの演劇青年だった私が、いつしか演劇の世界から離れ、世間の大海をくらげのごとく漂い、やがてたどり着いたこの場所で、『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』の宣伝物を担当するとは! いやはや、人生、あてもなく泳いでいると、思いがけぬ夢の島に流れ着くのか。

 POP作りは、発売前に〆切がくる。新聞広告とは違い、編集者の校了に向けた作業と並走する形になる。よって、まずはゲラ(校正原稿)読みから入る場合が多い。POPを作るときは、極力ゲラ読みをするように心がける。そう、鴻上さんの発売前の原稿を読むのだ。のだって大げさな。いやいや、のだなのだ。クルゼでも秀樹でもない。

 鴻上さんはいつも家族や、会社といった共同体の正体、世間との折り合いのつけ方、またはつけないで生きていくことが意味すること、世界の中での自分の立ち位置、得ることで失うもの、失うことでしか得られないこと。そういったことをずっと提示し続けてきたように思う。みんな、いつもそこを悩み、壁にぶつかり、そして立ち尽くすのだ。どんなに画期的な技術が世の中を変えても、この壁はそう低くはならない。

 たとえば、お寺を継ぐことに迷いはないものの、強権的な父親が苦手で、家を出たいという僧侶の相談。鴻上さんはどんな相談でも、相手が書いた内容を丁寧に読み、相談内容とその背景、相談者の人となりを確認してから答える。

「だったら、本当にお寺を継がないといけない時期まで、どこか他のお寺で修行するのはどうですか?」

 そして、大事なのはそれを父親にどうやって伝えるのか。

「感情的にならず、父親の強権にもひるまず、粘り強く交渉してみてください」

 鴻上さんは、大切なのは感情的にならず、冷静に自分がどうしたいのかを伝えることだという。父親がこうあるべきだと考える以上、自分の考えを言葉にしないと進まないと。やりたいこととやりたくないことを整理することで、父親と自分の間にあるわだかまりを解く道を探していくようにと。

 共同体のなかで生きるために必要な知恵や力を、鴻上さんはずっと提示し続けてきた。かつて第三舞台で、圧倒的な量の言葉(セリフ)を、すさまじく格好いいテンポで、音楽やダンスやギャグに乗せて、駆け抜けるような勢いで優しく、強く、投げかけてきた鴻上さんは、いまもあの頃と同じく道に迷う人たちに話しかける。

「父親がどんな反応をするのか。ほかのお寺で僧侶を続けるというアイデアに父親がどう反応し、どう怒り、それに対して、どう受け止め、どう対処するか」

 コミュニケーションとは、落ち着いて、自分の言葉で自分の考えを相手に伝えるところからスタートする。そして、それに相手がどのような反応をするのかを確かめる。双方向の、本当の会話はそうしてはじまる。

 そのとき、人はようやく息苦しさから抜け出し、深呼吸をする。コミュニケーション不全がいつだって誰かの呼吸を奪うのだ。

 長いこと、世間をゆらゆらと漂流するように生きてきて、親になった私はそんな双方向の会話を息子とできているか。感情に任せて、息子の言葉に耳を塞いじゃいないか。かつて演劇青年だった私は、そこが欠けていた。だから、自分が作った劇団は3年ともたず、崩壊した。最近、少し鴻上さんのメッセージを受けとり、それを実践できるようになった気がする。子育ては親をも育む。だから親も悩む。その姿を子どもに見せることも双方向。親たるもの、かくあるべきだと自分を不自然な形に縛らないようにしたい。

 かつて、鴻上さんと第三舞台に憧れた演劇青年が、20年以上の時を経て、その鴻上さんとほんのちょっとだけつながった。ちょっと高揚したのか、会社からまた歩いて帰ってしまうところだった。

(築地川のくらげ)


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