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「違うこと」をしてきた2ヵ月【毎日note】#34

自分がエッセイ本(Kindle)を出すことになって、今さらながらいろんなエッセイというものを読んだり、内容紹介の文章を読んだりしている。私の場合、過去に新聞に連載してきた文章をまとめたものなので、今他のエッセイを読んだからと言って、今回出版する内容は変わらないのだけれど、改めてエッセイって楽しい。

自由だし、リアルだし、まるでラジオのように生活に寄り添った、等身大のものだから。

そんな中で、吉本ばななさんの『「違うこと」をしないこと』という本と出会った。

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私は妙にこのタイトルに心惹かれた。それは、自分は「違うこと」をしてきていない、という自負があったからだ。

「違うこと」とは、「間違っていること」という意味ではない。

「違うこと」とは、
“その人の生き方の中で、今ここでするべきではない”こと。
(Amazonの内容紹介より)


大事なのは、「その人の生き方の中で」という部分だ。「違うこと」はみんなにとって共通なのではなく、その人によって、選ぶべきことと、背を向けるべきことがあるということ。

私はこの30年、何ひとつ指図しない親のもとで、ほとんど思うように生きてきた。それは、なんでも思い通りにしてきた、ということではなく、心が動く通りに、心に背かずに、選んできたということだ。

選択の時、誰かに言われたとおりにしたり、自分をごまかして選んでいたなら、どんな結果になっても、選ばなかった方のことを考えたり、「あの時言われた通りにしなければ」と、納得しきれないのではないか。

自分に正直に選んでいれば、結果がどうであれ、いつか納得できる日が来る。「あの時は、自分の心に従って、ああするしかなかった」と思える。私はそうだった。

でも私はとうとう気が付くこととなった。ここ最近ずっと、「違うこと」をしていた。

自分を抑えなければうまくやれないなんて、本当は、続けるべき関係じゃなかったのに、それを自分では気が付けなかった。結果、心も身体も消耗した。それを断ち切るためにも、苦しむことになった。

人とのかかわりの中で、多少のガマン、というか、譲ることや、思ったことを全て口には出さない、って、必要なことだ。思いやりが前提にあり、お互いが気持ちよく、良い時間を過ごせるなら。

けれど、ガマンや、思ったことを飲み込み続けなければ続かない関係というのは、どう考えても不健康だった。苦しいに決まっている。

吉本ばななさんの言う「違うこと」とは、私にとって、「心に不健康なこと」だった。

一緒にいるのにさみしい。

そう感じたときに、気づくべきだった。

このタイトルに惹かれたのは、自分が「違うこと」をしていたからなんじゃないか。

終わりの時に、この本を読んで、そういうことだったのだと思った。

「違うこと」をしないこと。

これって、どんな小さなことでも、選択の時には、みんなに必要な指針なんじゃないかな。

大げさな、と思われるかもしれないけれど、そういう気分じゃないのに誰かに合わせて一緒にカレーを食べる、みたいな「その人にとって違うこと」が、じわじわ積み重なって、その人の心も身体も不健康にしていく。という話が出てきて、そうなのかもしれないと思った。

はみ出ることや、孤独になることを恐れて、合わせてしまうことのなんと多いことか。

みんな意外と、自分を知らない。自分にとって何が「違うこと」か、分からない人も多いだろう。もちろん私も含めてだ。さみしさとか、人の目というノイズにかき消されて、自分の本心が聞き取りずらくなっているのだ。


大人になって、できていると思っていたことが、実はできていなかったと気付いたり、目標は増えるばかりで困るけど。

自分の心に耳を澄ませ、聞き取った通りに選ぶことを、大事にしていこうと思う。



*2021/10/15にKindle出版予定です~♪


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