少女とワタシと旅行鞄
友人と旅行に行くことになった。一泊二日の小旅行だ。
旅行なんて何年振りだろう。ワクワクする。
旅行に行く前日の夜、ワタシはクローゼットからキャリーケースを引っ張り出した。
前回使ったのは随分と前だった。埃をかぶっているキャリーケースは随分と重かった。
嫌だな。前の旅行の時の荷物をそのままにしてしまってしまったのだろうか。
中で、何か腐っていたら嫌だな。どうしよう。心配になる。
それでも、キャリーケースを開けないわけにはいかないので「よいしょ」と床に置いてチャックを開ける。
全開に開けて、蓋を床に倒す。と、その中には少女が丸くなって納まっていた。
「えっ!!」
と大声をあげて、ワタシは慌てて口を両手で押さえた。今は夜だ。壁の薄いアパート。隣人に聞かれたらどうしよう。怒鳴り込まれたらたまらない。
ワタシは、口に手を当てたままキャリーケースの中を観察した。
少女は横顔しか見えなかったが、美しい少女だった。
見たことのない少女だ。
もしも、もしも、この少女が死んでいたりしたら、ワタシは何の罪になるんだろう?
死体遺棄? 殺人罪? 未成年者略取?
そんな深刻な妄想が頭を回る。
じっと音を出さないように少女を観察していると、少女の胸がかすかに上下しているのが見てとれた。
耳を澄ませてみれば、かすかに寝息が聞こえる。
ワタシは全身の力が抜けた。よかった。生きている。
しかし、少女はどうしてこんな場所にいるんだろう。
ワタシが連れてきたということは断じてない。子供を誘拐するような趣味は持っていない。
ここは安いアパートとはいえ、窓の鍵は閉めっぱなしだし。ドアの鍵もきちんとかけている。
第一、キャリーケースには埃が綺麗に付いていたのだ。誰かが触ったようなあとはなかった、と思う。チャックもしっかりと閉まっていたし。
一体どうやって、少女はキャリーケースの中に入ったというのだ。
「ふわぁ」
少女が起き上がって、小さくあくびをした。一つ一つの動作が絵になる美しい少女だった。
少女は目をこすりながら、ワタシを見た。
ワタシは少女に見つめられてドキッと心臓が跳ねる。
「あなたはだぁれ?」
「ワタシは」
ワタシはなんと言ったものだか困ってしまった。身分を明かすのは少女の方が先なのではないかな?
少女はまたあくびをした。今度は大きなあくびだった。
「眠いの」
と少女は呟くとキャリーケースの中にこてんと横になってしまった。
そして、蓋が勝手に閉まり、チャックもジーと自然としまっていく。
「ちょっと待って」
慌ててチャックを引っ張るがびくともしない。
どうしよう。これじゃ、旅行の準備ができやしないじゃない。
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