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④クラス分け試験の日

新しい部屋は、これまで住んだどの部屋よりも小さい。
大学生の頃は実家暮らしだったので、初めて学生向けのワンルームに住む。

広さは大体20㎡くらいだろうか。
玄関を入るとすぐにIHキッチンがあり、下には洗濯機が取り付けられている。

スライド式の扉をひくと部屋がある。
南向きの大きな窓、机、ベッド、本棚、収納。部屋には2つ扉があり、ひとつを開けると、シャワーと洗面台とトイレがひとつになっている水回り。そして、もうひとつを開けると冷蔵庫だけが置かれている空間だ。一人暮らしだとせいぜい半分ほどくらいしか埋まらないだろうな、と思うような大きさの冷蔵庫が鎮座している。

そんなこじんまりとした部屋だけれど、収納は十分にある。壁紙も淡いブルーとグレーが混ざったような色合いで、すっきりと清潔な印象を与えてくれる。

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今日は、クラス分けの試験を受けに行く日だ。

地図を頼りに、飲食店とカフェが立ち並ぶ通りを抜けると、思っていたよりすぐ門に到着した。アパートは大学のすぐ裏手にあることは地図で把握していたけれど、こんなに近くに大学があったことに驚く。11月に見学しに来たときは正門から入ったけれど、北門と呼ばれるこの門も正門と見間違えるほどの立派で大きな門だ。

私が学ぶ語学堂という語学学校は、色々な大学内に付属機関として設置されている。

年齢や目的は関係なく、誰でも通うことができるが、韓国の大学や大学院への入学準備として通う学生がほとんどだ。そのため、「안녕하세요(アンニョンハセヨ)」から始まる1級から論文レベルの内容まで扱う6級まできちんとしたカリキュラムが組まれている。根詰めて勉強をすれば、ハングルが一文字も分からなくても、最短1年半で6級レベルの語学力を身に着けることもできるのだ。

クラス分け試験は、文法、読解、作文、会話の4つがあると聞いていた。

できれば3級に入りたい。1年の留学予定のため、3級から始めれられれば6級まで学ぶことができるからだ。

すぐ着くな、と思っていたけれど、北門をくぐってしばらく歩くとその思いは砕かれる。

遠いのだ。語学堂の建物まで。

いや、直線距離にすればそれほど遠くないのだろう。でも、そこに辿りつくには、まるで小さな丘を超えるように緩やかな坂道をのぼって、そしてくだらなければいけない。

「日本とは土地が違うもんね」とひとりごちる。


飛行機から見た韓国の土地



坂道をのろのろとのぼりながら、韓国に来た日に上空から見た韓国の土地を思い出した。それほど標高は高くはなさそうだが、小さな山がいくつもいくつも連なっていたのだ。それを見て、思わず「えっ」と声が出た。これまで何度か訪れていたソウルの街の姿からは想像がつかず、そして、平面な土地に田畑がどこまでも広がる日本とはあまりにも違う風景だったからだ。


飛行機から見た日本の土地



私がその美しさに心惹かれたキャンパスの写真を祖母に見せた時、「韓国は山岳国家で、草木が生えにくいと思うんだけど、立派に手入れされていているね」と感心したように話していた祖母の言葉の意味を理解した。

そんなことを考えながら、間違えやすい単語のつづりや混同しがちな文法をまとめたノートを抱えて、語学堂の建物に向かう。

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アパートから20分弱歩いて、ようやく教室に到着する。

入るや否や、「アイゴ~オソオセヨ~(あら~いらっしゃい)」と大きくて明るい声に迎え入れられる。大柄で親しみやすい雰囲気の女性の先生が、目の前で目を細めて微笑んでいた。「예쁜 목도리네요. 이름은? (素敵なマフラーね。名前は?)」と、私の肩を抱き寄せて名簿を確認すると、席に案内してくれた。

「何級に入りたい?」「何で韓国語を勉強しようと思ったの?」

そんな会話を簡単に続ける。
準備していた答えを思い出しながら少しつっかえながら話をする。だが、言い終わらない内に、明るい先生は「알겠어요~(わかりましたよ〜)」と言うと、3級向けのテストを渡し、次の学生に「안녕하세요~!(こんにちは〜)」と明るく声をかけにいく。

教室を軽く見まわすと、30人程いる学生は思いのほか欧米系の人が多い。皆どうして韓国にまで来て学ぶのだろうか。すぐにでも聞いてみたい思いに駆られる。

試験は筆記から始まった。「好きな国とその理由について」というテーマで400字程で意見を述べるものだ。韓国語には、筆記で使う文体と文法が口語とは別にある。その文体を守りながら、確実に覚えている文法と単語を組み合わせて文章を作っていく。

文法と読解は、知らない単語と文法も出てきた。そうした質問は理解するのに、何度も読み直して苦戦したが、一通り全てに回答する。

それでも、それほど悪くない感触で、用紙を提出する。この時分かったが、どうやら最初のお喋りが会話のテストだったらしい。「괜찮았죠? 수고하셨어요~~(平気だったでしょ?お疲れ様~)」という明るい笑顔と声に見送られて、教室を後にする。

外に出ると、青空が気持ちいいけれど風が冷たい。マフラーをもう一度きつく巻きなおす。

入国と引越しとクラス分けテスト。

渡航してから待ち受けていた大事なイベントは一通り終わった。張りつめていた心がほぐれる。

学校が始まるまでにまだ1週間ある。

久しぶりの予定のない時間が広がる。
まだ見知らぬこの街でどんな風に過ごそうかな、と心が浮き立った。

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